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プロフィール

harry

Author:harry
1951年8月生まれ。獅子座。
AB型。178センチ。70キロ
①.スポーツ&アウトドア
特にサッカーと山と釣り。
登山、ゴルフ、マラソン、カーレース、ウインドサーフィン、クルージング、乗馬などなど。何でもやりたがりでどれもそこそこはこなすが一流には遠い。

②食べる!
作ること、食べること、食べさせることが大好き!「人の生きがいの半分は食に在り」と思っている。阿蘇の山小屋ではピッツァを焼くためのナポリ窯も作った。特にラーメン、うどん、そば、パスタなど麺類には目がない。

③馬大好き!
競馬では100万馬券を何度か的中!過去通算では間違いなく損している?
人生も賭けだけどいざという時には強い。
馬好きが高じて地方競馬の馬主になったことも。
2010年ハヤノ牧場には10年来の夢だった馬が来た。

④時間があればしてること
ジョギング、草刈り、薪割り、伐採、山芋掘り、畑仕事、ログハウスのメンテナンス、木工、音楽を聴く、映画を観る、絵を描く、本を読む。そしてブログを書く。最近は阿蘇の山小屋に行く時間が減ってストレスたまり気味?

⑤好きな作家
もちろん開高健さん

⑥愛犬
ロッキー
アラスカンマラミュート♂
(1999年3月8日生まれ・45キロ)
ルーク
ラブラドルレトリバー♂
(2010年6月18日生まれ・24キロ)


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真夜中のランニング

昨晩、GPSウォッチを試すために勝鬨橋から晴海大橋まで久々に深夜走ってみた。以前は夜中に走ることが多かったのだがこの夏以降は朝走る習慣がついてしまった。夜の隅田川は漆黒の闇。吸い込まれそうになる。そこでGPSを受信するためにしばらく待つ。グリーンイルミネーションに縁取られた勝鬨橋が夜の闇に映える。築地の市場はもう入荷の作業が始まっているのか煌々と明かりが点いていて遠くの東京タワーもかすんでしまう。人間の目は不思議だ。注目するオブジェクトがあるとそれが大きくクローズアップされて見えるのに写真だと小さくなる。
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GPSが受信できたので晴海大橋に向かって走り出す。気温は18度くらいだろうか、夜の風がひんやりと気持ちよい。行き交う車のヘッドライトがまぶしいけど夜の闇に浮かび上がる高層ビル群が未来っぽくてかっこいい。距離がどうしたら表示できるのか分からないがかまわず走り出す。前方にひとり女性がコツコツとヒールの音をせわしげにたてながら歩いている。後ろから走って行くと怖がるかなとか思ってしまう。追いつかないように立ち止まって歩道に写った自分の影を撮影した。時折り行き交う車のヘッドライトの明かりに反応して影が動く。見ているうちに違う生き物のような気がしてくる。ふと影が別の方向に勝手に動き出してしまうのではないかと思った。
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真夜中の歩道は照明のせいか朝の景色とはまったく違う印象になる。別の場所を走っているような錯覚におちいる。足取りも何故か夜のほうが軽い。いつもの晴海大橋の坂道を一気に駆け上がる。
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橋の中央まで来たところで今日は終わりにすることにした。真っ黒な川の向こうにレインボーブリッヂが浮かぶ上がる。左手にはお台場の観覧車のイルミネーションが次々と変化する。音のないこの景色が好きだ。人間を拒絶するような都会の厳しさと寂しさ。中途半端に受け入れてくれないほうが潔くて良い。どのみちこの街には馴染めないのだから。
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GPSウォッチを暗い中で色々と触ってみるがどうやら初期設定を間違っているようで距離は表示されない。深夜12時を回ってしまった。今日はもう家に帰ろう。
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GPSスポーツ

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製品発表されたあとすぐに買いに行ったのだが入荷日はまだ決まってないと言われた。みなみちゃんからネットで注文したって聞いたので矢も盾もたまらずビッグカメラに行ってみた。何と本日が発売初日で今ならTシャツプレゼント付き!カラーのバリエーションはないとだけ確認して5秒で購入する。

ワクワクしながら家に戻りマニュアルを読み充電する。家の中ではGPSが受信できないのでどうも要領をえない。夜も遅かったけど試走することにした。開けた場所でGPSの受信を待つ。三個以上の衛星の電波を受信しないと正確な位置の特定ができない。それぞれの衛星からは同じ時刻を刻む原子時計のパルスを電波で送る。その電波の到達誤差により各衛星までの距離が計れる。三個の衛星からの電波を受信して三角測量の計算をおこない現在地を特定する。もちろん時計合わせも自動で行われる優れものだ。

マニュアルもよく読まないまま出てきてしまったのでGPSの受信まではうまくいったのだがストップウォッチとの連動切り替えができていなかったらしく走った距離が出ない。操作をしようにも暗くてよく分からん。明日の朝再チャレンジすることで家に戻った。
マニュアルをしっかり読み込んで翌朝再度チャレンジした。今度はうまく行く。刻々と走った距離が積み重なれて行くのが嬉しい。

9月28日隅田川テラス左岸

まぶしい太陽の光で目が覚めた。カーテンを開けっ放しで寝ていたので朝日がいきなり入ってきた。快晴。気温23度。ちゃんと走るぞと決めた8月30日から今日でちょうど30日目となる。昨日まで走った日が18日間で距離は通算で104キロ。二日に一回以上入っているのは悪いペースではないけど通算距離は予想外に少ない。月に150キロ以上走るのは結構大変なことだがそのくらい走らないとフルを走る足はできない。最初の月だからこのくらいで良しとしても来月は徐々に距離を延ばして150キロ以上できれば200キロを走破目標にしたい。

ということで今日は墨田川テラスを走る。勝鬨橋からテラスに下りて中央大橋を過ぎ最初の水門まで約1.2キロ。そこでテラスは途切れるので一度、一般道路に出てまたテラスに下りる。600メートルほど行くと佃大橋。もう少し行こうかなと思ったけど時間もあまりないので橋を渡り左岸を行くことにした。
上流から見た中央大橋
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佃大橋
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佃大橋を渡ればいわゆる佃島。佃煮の看板を掲げた店が散見される。佃煮の発祥の地だ。「そうか月島の隣が佃島だった」と1年以上も勝どきに住んでいて今気づく。走るときはいつも右岸だったので佃大橋を渡ったのは初めてのことだった。同じ川なのに左右ちがうだけでまた新鮮な気持ちになれる。隅田川がセーヌ川と姉妹川なのをサインで初めて知った。テラスに下りてしばらく行くと和風の灯台がある。1階部分はトイレになっている。
灯台20060928162141.jpg

ところどころに置かれた地図サインでは同じ橋からなのになぜか勝鬨橋までの距離は左岸のほうが遠いことになっている。そんなことないよねと不思議に思いながら下っていくと水門でテラスが途切れていて進入禁止の看板が。テラスを出て一般道路にまた出ることになる。その分だけ距離が遠くなっているということだ。せっかく気持ち良くテラスを走っているのに勝鬨橋まで通じていないのは興ざめである。水門を巻くにしても一般道路ではない遊歩道を作って欲しい。
地図サイン20060928161716.jpg

9月27日曇り19度

6時半に目覚める。昨夜来の雨も止んで薄曇りの中やや強い南西からの風が吹いている。昨日一日雨を降らせた低気圧は太平洋を北上?昨昼激辛カレー、夜激辛ラーメンと連続したのが祟ってさすがに腸の動きが怪しい。さらにいつもそうだが走り出す前は気持ちが乗らない。今日はどこまで行けるのか自信がない。できればやめたいくらいだけど行く。

いつものように晴海通りをお台場方面へ向かう。最初の黎明橋でちょっとだけ喘ぐ。すべての信号をギリギリで駆け抜けて晴海大橋の上り。いつになったらこの橋が楽々と上がれるようになるんだろうか?ペースが
落ちそうになる。なにくそって感じで逆にピッチを速める。負けられない!何に?誰に?って自問自答する。意外に早く坂の頂上へ。下りを飛ばす。ユリカモメの新豊洲駅前T字路を右折して市場前駅を通過する。まだ15分のアラームが鳴らない。有明北大橋の少し手前で15分!また
ちょっぴりタイム更新。単純に嬉しい。
有明北大橋
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今日は有明テニスの森公園前の交差点まで18分で走りきった。ローソンで水を補給して帰路はいつもの反対側の歩道を走ることにする。道路を挟んだ反対側ってだけで景色も若干変わるし新鮮な感じがする。水面にキラキラ輝く朝の光、汗が滲んだ顔に吹き付ける風。走っていて楽しいって感じるのはこんな時だ。晴海大橋も逆サイドを初めて走った。レインボーブリッヂの見え方も少し違って見えた。坂道を軽快に駆け上がって信号が点滅しかけた横断歩道を全速力で駆け抜ける。今朝はなんだか楽しいランニングだった。



ラーメン石戸

風のダドゥを観に行った。大森の西友5階にあるキネカ大森。19時の開演まで少しだけ時間があったので手短かに空き腹を満たそうと同じフロアにあった石戸ラーメンに入る。期待はしないでメニューを見る。にらそば750円が気になって注文する。真っ赤なスープにやや中太の麺。刻んだニラと挽肉のそぼろ、チンゲンサイが浮かんでいる。
ニラそば750円
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北九州の小倉紺屋町にある『梅子』の激辛台湾ラーメンを思い出させる。『梅子』の台湾ラーメンはスープは普通に赤くはないが炒めた挽肉と長めに刻んだニラ、そして真っ赤な唐辛子が5~6本入る。
スープを飲む。飲めないほどではないがかなり辛い。麺を啜る。スープを飲む。顔に汗がじわりと滲む。辛いが旨い。期待してなかっただけになんだか儲かった気がした。時間もないので一気に啜りこむ。顔から汗が噴き出す。7時を回ったことに気付きあわてて映画館に駆け込んだ。

9月26日お台場まで

曇り気温20度風強し
今朝は天気予報では9時くらいから雨ということだった。7時半に家を出たときは曇りで絶好のランニング日和。昨夜ゴルフの練習に行ったからか体が痛い。一日空いただけなのに足も重い。今日はどこまで走れるかなと思いつつ晴海通りをお台場方面に向かういつものルートを走る。黎明橋の坂を上ったあたりから少し体が慣れてきて何だか行けそうな感じになってくる。晴海大橋の長い坂もそんなに苦にならない。

市場前駅を過ぎて少し行ったところで15分のアラームが鳴った。初めの頃は市場前駅まで15分以上かかっていたことを考えると練習の効果が出てきたのかと思う。テニスの森公園の交差点のところまでのつもりがまだいけそうなので久しぶりにお台場海浜公園をめざす。その後快調に走ってファミリーマートに着いたのはスタートから28分後だった。
これまでは32分~35分くらいはかかっていたのでこのタイムも伸びている。ファミマでトイレを借りて水を補給して海浜公園でレインボーブリッジを眺めて帰路に着く。絶対ノンストップで帰ると決めていた。
朝のお台場海浜公園
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やっぱりココロが僕の足を動かしている。スタートする時は足も重いしテニスの森まで行けるかなと思いながらそこまで来ると「もう少しっ」てもう一人の僕がささやく。「お台場まで頑張ろう」と心の中で思ったらそこまで行けてしまう。晴海大橋の坂を上がる時は「ダイアモンドヘッドの坂のほうが長い。」「那覇の国際通りを過ぎた後から始まる長い坂道のほうがきついよ。」って頭の中でその景色をイメージをしていたら意外とすんなり上れた。

毎日練習するってことはもちろん「走る事ができる身体」も作るんだろうけど、それよりも「途中で止めないで走り切るココロ」をつくっているんだなあと思う。


朝靄の中で9月24日

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久々に山小屋に来た。朝7時のアラームで目覚める。今朝は走ると決めていたので冷たい水で顔をバシャバシャ洗い気合いを入れる。どうせロッキーがついてくるはずだからめったにクルマが通らない旧道を曽田の池に向かうことにする。8月にミナミさんと走ったコース。あの時は下りの往路はともかく上りが続く復路でバテバテになった。

家を出ようとした時にフータオが起きてきたので半ば強制的に同行させることにした。朝靄が立ちこめる中をロッキー、フータオを連れて軽快なピッチを刻む。1キロくらいでやはり普段走ってないフータオはやや遅れ気味になる。走る振動で腸が動いたのかロッキーが道端で座り込み怪しい動作をする。かなり大量に排出したみたいだ。曽田の池に到着。

                  朝靄の中を走る
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         曽田の池   20060925093904.jpg

そのまま戻るつもりだったんだけど気が変わってコスモス園を観たくなった。上り坂きつくてさらに遠回りになるけど往路を戻らずに途中から亀石山に向かうことにする。
亀石山への分岐点
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500メートルも上らないうちにもう膝のギヤが重くなる。しまったなあ。やっぱり来るんじゃなかったかな。後ろを振り返るとフータオとロッキーは歩いている。こんなところで歩いたんじゃカッコがつかない。超スローペースで走る。というよりかろうじて歩いていないだけのことなんだけど。きつい。喘ぎながら上る。
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ロッキーが何かを見つけたらしい。藪の中に飛び込んでいく。ウサギかキジかしばらく藪の斜面を走り回っている。そんなロッキーにかまう余裕もなくひたすら上る。あまり帰って来ないので呼んだら喘ぎながらあっさり戻ってきた。ロッキーと並行して走る。あの曲がり角を曲がったらと思うけどなかなか坂道は終わらない。歩いたり、走ったりになる。段々歩く回数が増える。フータオも歩いたり、止まったりを繰り返しながら何とかついて来ている。
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何度も歩いたり、走ったりを繰り返しやっと亀石コスモス園に到着。何だか様子が変だ。いくら何でも丘一面のコスモスが咲いていなければいけない時期なのに一輪の花もない。使われていない管理小屋だけがぽつんと竚んでいた。
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どうしたんだろうか?採算が合わず今年は営業していないのか?それにしても一輪の花もないのは何故?手入れしてなくてもこぼれ落ちた去年の種子から幾つかは芽生えて当然なのにそこには朝靄に霞む草の丘が広がっているだけだった。
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亀石峠にはバイクのライダー達が休憩していた。突然現われたオオカミみたいな姿のロッキーにみんなびびる。人懐っこいバテバテの犬だとわかってみんなが寄ってくる。いつもと違いロッキーはじゃれる余裕もないみたいだ。僕らもきつい上りからやっと解放されてコスモスを見にきたのも忘れ軽快に広域農道を下る。
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最後にもう一度だけ短い上り坂を喘ぎながら上り、大分と熊本の県境を過ぎる。あとはだらだらと下り坂だけどバイクやクルマが結構スピードを出してぶっ飛んでくるのでヘロへロでどうにかついて来るロッキーが危なっかしい。道の端っこを走るように叱るんだけどすぐに中央を走りたがる。
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距離にすると10キロくらいだろうか。1時間半くらいをかけてようやく山小屋に戻った。
ロッキーはしばらくの間水道管の蛇口から離れなかった。
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豊洲ラーメン。坦々つけ麺750円

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以前から通るたびに気になっていたのであまり期待せずに飛び込んだ。こだわりの自家製麺。上海、四川の巨匠相原文治流らしい。これは期待できるかもと思ったのも一瞬のこと。背脂が入ったこってり濃いつけ汁はやや酸味が勝っていてちょっと違うかな。真っ赤な色のわりには辛くない。でも豊洲だから豊洲ラーメンと安易なネーミングの割りにはうまいほうじゃないかとかいいつつ餃子一人前、半ライス、にら玉炒めを完食!やばいっ!また食い過ぎた。

隣のテーブルのとんこつ正油ラーメン630円が気になった。

リストランテ・レ・サリーネ

リストランテ・レ・サリーネ
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昨夜は西麻布の交差点近くにあるシチリア料理の店リストランテ・レ・サリーネに行った。昨年の八月にオープンして一年を越えた。当初ニーノと言うシェフが居てイタリア人も押しかけて評判だったがそのニーノが独立した。味が落ちるのではと心配もされたが残った若いスタッフがニーノの味を引き継ぎなおかつ工夫を加えて進化しつつある。9月始めにスタッフ全員でシチリアに研修に行って何か新しいものをつかんできたようだ。その意欲的な姿勢は評価できると思う。これからが楽しみ。
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さて今日は何を食べようかなと黒板に書かれたメニューを眺める。『魚介たっぷりのクスクスマルサネ風』かあ。クスクスはイヤだよね。UKと話す。よほど腹が減っていれば食えないわけじゃないけどモサモサして砂漠のクスクスはあまりうまいと思わなかった。それはやめよう。などと話していたらシェフがお薦めはクスクスだと言う。ええっと思ったけどそんなに言うんならと注文することにする。あとはいわしとういきょうのブカティーニも入れてメインは岩手の豚と鳥取の大山鶏をということになった。ナガイ君と彼のお姉さんが少し遅れて来ることになっていたが勝手に注文してしまった。

ということでまずは前菜。
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ピスタチオをまとったマグロ、カリフラワーの何たら、トマトのマグロからすみのせ、サンダニエールの生ハム、茄子のカポナータなどなど結構味の変化が楽しめる。

問題のクスクスマルサネ風
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自家製とのことだがシチリアで買ってきた大粒のセモリナ粉を何やらして作ったらしい。魚介系たっぷりのトマトスープをかけて恐る恐る食べる。旨い!あれクスクスってこんなに旨かったっけ?スープの旨さによるのだと思うけどクスクスそのものもしっとりしていてほんとうにうまい。クスクスに誤らなければいけない。あの砂漠のクスクス以来二度と食べない食い物リストに入ってしまっていたけどリストからはずさなければ。一気に食べ終わった。

次に待望のブッカティーニ。
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僕の分だけ麺を多めに頼んでいたら一食分あるくらい多かった。いやあ嬉しい。ほかの人には申し訳ないので最初の一口でがっがっと半分以上食った。パスタといえばスパゲッティに止めを刺すとずっと思っていたけど今では娘のお気に入りのこのブカティーニがナンバーワンである。太目のしこしこした麺の食感がたまらない。ういきょうの味というのはいまいち分かっていないけどイワシの濃い味とぴったりマッチしていてこれだけ食えばもう満足って感じだ。もうメインはいらないくらいだ。さていよいよ本日のメイン。といっても僕の本日のメインイベントはブッカティーニで終わっていたけど。
メインは岩手産の岩中豚のグリルと大山鶏のカチャトーラ?
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もうブカティーニで満足しているのでメインの肉は皆さんにたくさん盛ってもらい僕は一切れづつにしてもらう。岩手産岩中豚のグリルもうまいけど大山鶏も鶏本来のジューシーな旨みが肉を噛んだ瞬間ににじみ出てなかなかのものであった。

最後にデザート
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定番のティラミスにチョコレートケーキ・そして写真ではわかりづらいけどバジルのジェラード!これが秀逸である。バジルをジェラードと初めは面食らうけどこれがうまいんだ。ピスタチオのジェラードを一時期作っていたけどそれをはるかに上回る。脂濃い食事の後の口中を一瞬にして爽やかにしてくれる。

走りこんで体重を絞りつつあることを忘れてしまってまたしっかり食ってしまった。まあ今夜はいいや。会話もはずんでまたまた至福の晩飯だった。明日の朝はしっかり走るぞ。

「リストランテ・レ・サリーネ」
住所:東京都港区西麻布1-11-10
電話:03-5771-0011
定休:日曜日

続・河は眠らない(8)

7.河は流れ、時は流れる

7月30日午後11時30分。
あたりがようやく薄暗くなってきた。
まだホテルの窓からは悠々と流れるキーナイ川が見える。
12時過ぎてやっと闇が訪れる。
おとつい夜(朝?)は闇の中にひとりでいたのでちょっとセンチメンタルになってしまったようだ。

まだ2日まえの事なのに、もうはるか10年以上も昔のことのようにも思える。夢の中の出来事だったような気もしないでもない。

2日間釣れない日々を過ごした。
昨日、今日とまったくのノーベイト!ノータッチ!
ノーヒット、ノーランのパーフェクトでかすりもしない。
やはり簡単に釣れるものではない。
釣れなくなってはじめてキングを釣ったという事実をようやく実感しはじめている。

天候が悪くなって昨日も今日もシトシトと雨。
濡れた体に風があたると真夏とはいえやはりアラスカだ。
背中が続々と寒くなってくる。
1日目、2日目の狂乱が嘘のように静かに時が流れる。
レトリバーやラブラドルを船首に立たせた船が通りすぎる。
満潮時の河は海からの潮が逆流するから、流れもゆったりとしている。
毎日5時おきで睡眠不足だから、ついこちらもウツラウツラと船を漕いでしまう。
ときおりガイドの「リールアップ」という鋭い声に眠りを破られて、あわててリールを巻く。
20分ほど流してアタリがなければ全速力でまた川上に戻って同じ事を繰り返す。

悠々と河は流れ、静かに時が流れる。

昨日はまったくあたりもなく、休憩もなく、朝6時から夕方4時まで船の上にいた。今日は12時半まで連続で河の流れに身をまかせて、たった一回きりのヒットがあっただけ。 それも途中でバレてしまう。
ちょっとバテ気味なのと銀行に行かなくてはいけない用事もあったので今日はこれで上がることにした。
昨日も一匹釣れたマリオも今日はパーフェクトのノーヒットノーラン。
ついに連続記録も3日であえなく途絶えた。

どっちみち僕らふたりはすでに2本キープしてしまっている。
年間2本のレギュレーションがあるからもう今年は終り。
釣っていいけど、たとえ100パウンドが来ようとリリースしなくてはいけない。そう聞くと意欲が湧かない。
せめて年間3本キープできればなあ・・・なんて虫のいいことを思う。
ここに来る前は「せめて一匹。釣れなくてあたりまえなんだから。」と思っていたくせに。
人間の欲ってキリガナイことを我が身でつくづく思い知る。
60パウンドを釣ったのに・・・。
さすがに今はチラリと頭の中をよぎっただけでそれ以上はない。
あとはおまけの日々。のんびりとしよう。

昨日ノーヒットのラッキーはもう一本キープできる権利がある。
今日は朝から立て続けに25~35パウンドのキングをフックするも即座にリリース。
あと一日あるから、せめて40パウンドオーバーを釣って帰りたいようだ。 楽しみはラッキーがキープサイズのメスを釣ってくれること。
セーフウェイで醤油とみりんとタッパーウェアを買う。
イクラの醤油漬けを持ち帰ろうという魂胆だ。

お昼で上がって、銀行に行ったあと、遅いランチにハンバーガーを食べて3時ころから7時ころまでぐっすり寝入ってしまった。
ガイドのChickに誘われていたので、彼の奥さんがやっているバーBJ's
Lounge に行く。
Barのキャッチコピーが”Where friends meet friends”トモダチがトモダチに出会うところ。しゃれた名前だ。
Hobo Jimというなまえのカントリーシンガーがライブをやっている。
薄暗い店内は盛り上がっていた。

”ハーイ!ハリー。コッチニスワレヨ。イッパイヤロウ!チョットマッテ、イイモノガアル”と言って出してくれたのが「筑後の寒梅」と言うネーミングの日本酒だった。熱燗にしてくれた。
チェイサーがわりにアラスカンアンバーという地ビールを頼むが自分の店みたいなものだからペイしなくていいと言う。
彼にしてみれば僕らはたくさんお金を払ってくれたいいお客さんなんだろうが彼の気持ちが嬉しい。
彼の奥さんもまたかなり太目の気風のいい肝っ玉かあさんという感じで悪くない。そばに来るみんながChickに挨拶する。

そのたびに”カレハ、ハリー。60ポンドヲツリアゲタンダ。”と紹介してくれる。Chickが紹介してくれた60代後半くらいの夫婦は15年通っているそうだ。
Chickの話では3年前におやじの方が77パウンドを釣り上げたけど、今年はまだこのくらいと指を小さく広げた。
”アサハヤイノニマイバンノンデイルヨウダケドナンジニネルノカ?”
とChickに聞いたらだいたい10時から11時くらいだそうだ。
”モウベッドニイカナクチャ”といって10時ころ帰って行った。

もう夜中の1時。やっと暗くなったかと思ったら月が出てきてまた明るくなってきた。背中で明日に備えたラッキーの寝息が聞こえる。

5日間があっというまに過ぎた。
明日はもう最終日。
夜の闇の中に星が瞬いている。
耳をすますと悠々と流れる河の音が聞こえてくる。
時間だけが静かに流れていく。


明日も晴れるといいな。


               (1999年7月30日夜中の1時)
                ≪終わり≫

9月21日曇り気温22度

6時半に起きた。久しぶりにベッドで正しくぐっすり寝た。今朝は何だか身体も軽い。窓を開けたらさっと冷気が入ってきた。ストレッチをしていつもの晴海通りをお台場に向かって走りはじめる。身体が軽い。いつもは喘いでいる晴海大橋の上りも一気に駆け上がる。テニスの森公園まで20分。かなりいいペースだ。ローソンで水を補給してためらうことなく帰路につく。さすがに帰りはペースダウンしたけど一度も止まらず走り切った。少しづつ、少しづつだが走る足ができつつある気がする。

風のダドゥ

僕のログハウスの山小屋は阿蘇郡小国町というところにある。天気がよければそこから水平に伸びる阿蘇の外輪山と阿蘇五岳が望める。一番左に見える根子岳が顔の部分になっていて横たわったお釈迦様の姿に見える。そう言われれば確かにそう思えてくる。その雄大な阿蘇の自然を舞台にした映画『風のダドゥ』が今週末の23日からキネカ大森で上映される。場所は大森駅東口の西友大森店5階。すでに九州では先行上映されて観た方は絶対感動したと思うけど宣伝費もそうかけることができないマイナーな日本映画はなかなか観に行ってくれないのが現実だ。
≪阿蘇を望む≫
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「ダドゥ」とは馬の体の中から聞こえる風のうねりのような音のことを言うらしい。いわば命の響き。この世に生を受けたものが傷つき希望を失ってしまったとき、何をきっかけに生きる力を取り戻すことができるのか。そんなテーマを自殺未遂を繰り返す少女と競争馬として失格となった馬との交流を通じて描いていく。最近になってようやく注目されはじめたホースセラピーのことを描いた映画。
≪主演の木村文乃とゼンノカシュー≫
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ひょんなことがきっかけとなってこの映画の製作に関わりを持ってしまった。実は小学校時代の同級生の娘がこの映画の中田監督のところで働いていた。その縁で撮影スタッフの阿蘇の宿泊場所の相談とスポンサー探しの協力依頼があった。候補地としてワールドカップキャンプ地で有名になった上津江村の宿泊施設を紹介した。カメルーン代表チームが泊まったところだ。うちの山小屋も使ってもらう案もあったが結局は両方ともロケ地から距離があるという理由で使われなかった。ハヤノ牧場を訪ねてきた中田監督の人柄に惹かれて、スポンサー探しからチケット販売まで色々とお手伝いすることになった。
≪元教師役の榎木孝明と木村文乃≫
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台本を読ませてもらった。泣いた。何度もリストカットを繰り返す少女歩美、それをやさしく見守る老牧童のじいと元競走馬メイワジョニー。
透明な感じの主人公を演じるのは新人の木村文乃。そして榎木孝明、萬田久子、勝野洋、犬塚弘らが脇を固める。特に犬塚弘さんの静かな演技が光っていた。偶然抜擢されたメイワジョニー役のゼンノカシューが僕がお世話になった方の持ち馬であったことがあとで分かってなおさら気持ちが入ってしまった。
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ゼンノカシューはハヤノ牧場から30分ほどのところにある阿蘇外輪山の大観峰近くの夢☆大地グリーンバレーに健在だ。春先にUKと一緒に会いに行った。運良く乗せてもらえることになった。その大きな吸い込まれそうな瞳を見ているとどんな人間だって優しい気持ちになれる。実に良く調教されていて微かな指示の動きにも敏感に反応してくれる。すらりと足が伸びたサラブレッドは背が高くかっこいい。元競走馬だけに丘を疾走した時はさすがに速かった。この夢☆大地グリーンバレーには映画と同じようにリストカットを繰り返す子たちもやってくるらしい。生きる力を馬とのふれあいの中でとり戻し社会に復帰して行った子もたくさんいると聞いた。
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馬大好きって人、ホースセラピーに関心のある人はもちろんのことマイナーな日本映画なんて観ないよって人も是非観て欲しい。壮大な阿蘇の自然と清楚な木村文乃ちゃんとそして名馬ゼンノカシューに癒されきっとたら失くしかけた何かを取り戻すことができるよ。

9月20日

快晴。6時半におきる。眠い。今日こそは走ると思いつつ体がギシギシと動きが悪い。昨夜からジョギングパンツとシャツを着て寝ていたからあとは靴下を履きさえすれば走れる。
「よしっ!行くぞ!」自分の背中を押すように掛け声をかけて玄関を出る。ストレッチをする。今朝は空気も乾燥してさわやかだ。なんだか気持ちよく走れそうな気がしてくる。

いつもの晴海通り沿いの道をお台場方面に向かって走る。今朝は信号にも引っかからずスムーズに清澄通りを通過。晴海埠頭への交差点も黄色信号で駆け抜ける。久しぶりなのに息も上がらないし足も軽い。
晴海大橋の坂を上る。今日は絶対止まらないと決めていた。さすがにあえぎながら苦しい顔の僕に前方から坂を降りてくる初老のランナーがニコッと微笑をかけてくれた。絶対止まれない。
≪晴海大橋の上り坂≫
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≪晴海大橋最頂地点≫
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300メートルくらい上がって橋の中央の最頂点を過ぎればくだりだ。ここから水面まで28.2メートルらしい。急に息も足も軽くなる。たった数秒前までの苦しさがスコンと消える。タイムもいつもより二分ほど早く新しい市場前駅を通過した。絶対止まらない。ありあけテニスの森駅の前にはオリンピック選手村の予定地がある。もし再び東京オリンピックが開催されることになればこのあたりを選手が走ったりすることになるかな。なんてことを考えながらそのまま有明コロシアムまで一気に走りきった。
≪市場前駅(周りにはまだ何にもない!)≫
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ローソンで水分補給して帰路に着く。帰りも絶対止まらないと決めた。カラダとの勝負ではなくココロとの戦い。きつい。止まりたい。歩きたい。あの晴海大橋までの坂は走って上れないかもしれないと思いかけた時、前方を歩くランナーを見つけた。ここで負けて歩くのはイヤだ。そう思ったら不思議に足が軽くなって一気に600メートルの晴海大橋を渡っていた。
≪オリンピック選手村予定地≫
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やっぱり「ココロがカラダを動かしている」よ。

今日の距離は往復で7キロくらいだったろうか。でも今は走った距離よりも走り続けるココロを培うことのほうが大事な時期かもしれない。
≪晴海大橋からレインボーブリッヂ≫
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続・河は眠らない(7)

6.キングオブキング

7月28日(水曜日)
2時間は寝たかもしれないが興奮で眠れないまま朝を迎えた。
4時半。快晴の天気予報。
5時40分。昨日と同じ船着き場に行く。
Chickが「キノウハグッドジョブダッタ。オメデトウ!」
「シカシキョウハ75パウンドイカハリリースダ。イイカ?」と冗談半分で見送ってくれた。

6時。昨日と同じメンバーで出撃!
ワルキューレの音楽が高々と鳴る。
昨日釣ったのは結局あとで計ったら30パウンドだった。三人の中で一番小さかったけど釣れたと言う達成感はある。さっそく食品加工の店に行ってスモークサーモンにしてもらうことにした。おみやげもできた。
あとはのんびりとキーナイ川を楽しもう。
そしてできたらもう少し大きいやつ。マリオとラッキーを少し超えるくらい。40パウンドくらいのヤツでいい!

昨日と違ってなかなかアタリが来ない。
誰もノーヒット・・・。
沈黙が続く。
たぶんこれが本当のキングの釣りだろう。
昨日はたまたまみんなの運が良かっただけだ。
僕の一匹は執念の一匹。
キングはやはり誰でも簡単に釣れると言うわけではないのだ。

 ・・・・・。
 ・・・・・。

幾つかの沈黙の後。7時35分。
いわしの切り身を貼ったルアー仕掛けのロッドが微妙にしなりだす。
そしてガツンとヒット!
アダムがボートをぐいーんとひと走りさせる。
フィッシュオーン!
リールがギュンギュン鳴る。
キングがぐいぐい引っ張るのだ。
もう腱鞘炎もナニモない。とっくに腰の痛みも忘れてしまっている。

急に軽くなる!
近くのボートが出していた糸がカラマって相手の仕掛けを引っかけてしまったようだ。アダムが罵声を飛ばしながら急いで相手の仕掛けをはずす。
もういないのか?
そっとリールを巻いてみる。
グイッと手ごたえ!
まだいた!
「リール!リール!リール!」
アダムの声に励まされるように必死にリール。
手がしびれてくる。
「きつい!」
もう我慢できないかもしれない!
ドラグがキュンキュンキュンと何回も鳴って糸を持って行く。

しかし昨日ほど焦りはなかった。
むしろやり取りを笑顔で楽しむ余裕さえあった。
そしてそのあとヤツは意外にあっさりと寄って来た。
ユラッと見せたその姿はひとめでわかるほどおおきい。

「でっ、でかい!」
「・・・・!」
「ビッグフィッシュ・・・!!」

アダムが大網で一発ですくう。
アミが持ち上がらない。
「ビッグフィッシュ!コングラチュレーション!」
「グッドジョブ!アバウト55~60パウンドオーバー!」
「ワオッ!」
どうやらすごいヤツを上げたみたいだ。
しびれた手が震えてきた・・・。
水槽に入れられたキングを見てアダムが「60パウンドイジョウハアルダロウ」と言う。
開高さんが釣り上げたヤツと同じ重さじゃないか!

足ががくがくと震えてきた。
用意してきたバーボンで開高さんがやったように祝杯をあげる。
のどが焼けるほど痛い。
ロングピースが震える。
体中がゾクゾクとして震えが止まらない。

・・・・・・・・・・・・・・・・。


8時50分。マリオ、ジャック(キングと言えないから?)3年生のキングをゲット。川で2年。海で1年で戻ってきたやつだそうで、これはカウントに関係なくボーナスとしてキープしていいそうだ。

9時25分。ラッキーにヒット!しかしうまくフックせずバレる。
11時。またマリオヒット!
今度は大きい。元気が良くてぐいぐい引っ張る。
なかなか寄ってこない。
ポンピングとリーリングを繰り返して約10分。
やっと寄ってきた。
35パウンドくらいか。キープすることになって上げられた。

この時まだ我々はキーナイ川特別ルールを知らない。
知っていればこれをキープしなかっただろう。毎日一本ずつは釣れると思っていたのになんとキーナイ河には特別ルールがあったのだ。

[年間で2本しか釣り上げてはいけない。]

私とマリオは2本キープしてしまったからもう今年はフィニッシュ!
釣ることはできても水面から上げることはできない。まして持ち帰ることは不可だったことを知らなかった。

それはさておきいったん戻って例の表彰台に。みんなが集まってくる。
今度は正真正銘オレが釣ったキング!
そして計量。
やはり60パウンド!!(27キロ)
大物が釣れるキーナイ川でもなかなかお目にかかれないトロフィーサイズ!「開高さん!僕もやりました。あなたと同じキングを!あなたと同じあの河で!」
僕の円もまた完成した。
15年間の壁は破られた。

昨日は嬉しくて涙が出たけど今日はとにかく口元がシマラナイ。
ひと言しゃべるたびに顔がほころんでしまう。

「記念にこれで剥製をつくりたい。」と言ったらChickがマウントショップに連れていってくれることになった。1時間半後に戻ることにしてまだ釣れていないラッキーを見送る。Chickの知り合いの店に行くと、ここアラスカではいわゆる剥製ではなくファイバーグラスでしか作れないそうだ。とにかく作ってくれたら何でもいいということでお願いする。
 51インチもあったので製作料830ドルと送料300ドルとべらぼうに高いが、もう一生ないかもしれないと思い切る。出来上がりはなんと7ヶ月から10ヶ月後になるそうだ!
しかし夢にまでみたトロフィーサイズのキングサーモン。そして欲しかった自分の獲物のマウント。まさに夢のようだ。

 同行してくれたマリオさん、ラッキーさん 、そしてスケジュールが合わずキャンセルせざるをえなかったKさん,Yさん。ビデオから行き先を探してくれたSさん。Nさんはじめ、ひそかに応援してくれた何人かの親しいみなさん。約束だからと喜んで休みをくれた社長。すべての人に感謝しなくてはいけない。

そして女房、おふくろ、子どもたち・・・。
みんなありがとう!
本当にありがとう!
こんな自分のわがままを喜んで、黙って、笑顔で、送り出してくれて。

・・・・・・。

ちくしょう!涙が出てきた・・・。
どうしたんだろう・・・?
なんだか涙が止まらない・・・。

   
 (1999年7月29日未明。 もうすぐ朝!明日はどうなる?)
      ≪続く≫

筑豊ラーメン山小屋

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北九州空港に着いたのが出発の35分前。チェックインの手続きをしたら搭乗まで15分ほど時間が余った。ラーメンなら食える。三階に上がり山小屋に入る。チェーン展開している山小屋は北九州圏には山ほど在るが当たりハズレが多い。田川の香春町にある本店にはチェーン展開する前からよく通った。ゴルフに行った帰りは必ずと言っていいくらい寄らずにはいられなかった。店内でつながった焼肉屋も流行っていたがカウンターだけのラーメンコーナーはいつも賑わっていた。

中津の名店蓬来軒の味にどこか似て少し甘味を感じる濃厚なトンコツスープ。久留米ラーメンほど脂ギトギトではないが長浜ほどシンプルあっさりでもなくそのどちらにも属さない筑豊ラーメン。昭和むかしラーメン630円を注文する。のり、半熟煮卵、メンマ、チャーシュー、ネギ、キクラゲが入る。「まもなく搭乗手続きの締め切りです」のアナウンスがされて少しイライラし始める。なかなか出てこない。ひとつ空けて隣に座ていた女性客が音も立てず、ひとりラーメンを啜られていらっしゃるのを盗み見しながら待つ。やっと出てくる。僕の前を通過する。(何ばしようとや!こっちたい。)
昭和(むかし)ラーメン630円
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ここ北九州空港の山小屋は幾つかの他のチェーン店に比べたら本店の味に近い水準を出していると思う。「硬めねっ」て注文した麺の茹で具合もちょうど良いし、スープも熱いし、塩加減も悪くない。ただ店員の不慣れさからか注文してから出てくるまでが遅い。九州ラーメンはスピードが大事!細麺なんだから長浜屋ほどではなくても5分以内くらいで出てこなきゃダメだ。まして空港なんだから時間も余裕がある人ばかりではない。

急いで掻き込んだらあっという間に麺がなくなった。物足りないかなと思って替え玉を追加注文。全部食ったら今度は腹いっぱいになりすぎて苦しい。搭乗のアナウンスが始まってもうだいぶ経ってしまったのであわてて搭乗口に向かった。

後日筑豊ラーメン山小屋のホームページを見たら大変なことになっていた。なんと九州全県のみならず東北は山形まで全国138店舗に繁殖していた。東京では清澄白川にもあるらしい。すごい。

新北九州空港店 福岡県北九州市小倉南区空港北町6 093-474-1720

香春本店 福岡県田川郡香春町大字香春字三角1021-3 0947-32-3953

墨田川テラス

9月19日隅田川テラス

また今日もマッサージチェアの上でテレビも照明も点けっ放しで寝てしまった。7時の目覚ましで起こされたけど身体があちこち痛い。重い。朦朧とした中で起きなきゃ、走らなきゃと思うけど身体が拒否する。動きが鈍い。トレーニングのシャツとパンツを着て、歯ブラシを口に突っ込み窓を開けた。爽やかな初秋の風がさっと入ってきてやっと走る気が出てきた。多少フラフラしながら靴を履いてどこまで走るか考える。気持ちが後向きだからいつものコースのあの上り坂がやだなとか考えてしまう。
隅田川テラス
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気分を変えて以前によく走っていた隅田川テラスを走ることにする。テラスにはジョギングをしている人、犬の散歩をしている人、通勤を急ぐ人、たぶん一晩を橋の下で過ごした人、平日だというのに朝から釣りをしている人など様々な人々が行きかう。まぶしい朝の光の中でキラキラと光る水面を見ながら走るのは気持ちがいい。
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勝鬨橋から佃大橋まで約800メートル。そこからさらに600メートルほど行くと水門でテラスが一旦途切れる。上がって橋を渡りまた再びテラスに下りる。何度かこのテラス沿いに隅田川を遡って両国橋を渡り
国技館まで走って月島回りで帰ってきたことがあったが10キロ以上の距離があるので今朝はとても無理な話だ。
開店の時間のタイミングが合わずまだ一度も実現していないがいつか土曜日の朝走って両国橋のすぐ向こうにある人気ラーメン店『丸玉』に行きたいと思っている。
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勝鬨橋から水門を往復して約3キロ。もう今朝はこれでいいかと思ったけどなんとなく後ろめたくて(誰に?)下流左岸の短いテラスも走ることにした。築地の河岸の向こうに東京タワーが見える。リリーフランキーの『東京タワー』を読んで以来その幼い頃の生活が僕の記憶と重なってなんだか東京タワーが愛しい。
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元祖長浜屋

博多の町に行くとついここに来てしまう。
今回も15日の昼と深夜、そして16日の深夜と立て続けに3回も行ってしまった。

引き戸をがらりと開けた瞬間に店員が「1ぱーい」とあまりやる気のない声で麺あげの担当に向かって叫ぶ。何人かで行けばその人数分の声が上がる。こちらは黙って空いたテーブルに座る。頭ほどもあるヤカンから申し訳に色がついただけのお茶を注いでいるうちにラーメンが運ばれてくる。コショウとゴマをふりかけて紅ショウガを入れたらやおら麺を二口、三口と啜る。細めの麺の量は多めで,やや硬めに茹でられている。

もし麺の硬さに注文がある場合は、引き戸を開けた瞬間に「カタ」とかとか「ナマ」とか「ヤワ」とか言わなければいけない。「ナマ」は麺を生のままと言うわけではなく(あたりまえか)さっと熱湯に通しただけの感じか。油多目の場合はここでは「ベタ」という。たとえば油多目の超硬めの場合は「ベタナマ!」ラーメン400円、替え玉50円、替え肉50円。これがメニューのすべてだ。24時間営業。いつ行っても客が絶えない。
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魚市場のすぐそばにある長浜にはいつの頃からなのか屋台が並び今や博多の観光名所にすらなっている。ここの屋台ではおでん、焼き鳥、牛肉のサガリやタン、アスパラベーコンなどの串焼き、餃子などをつまみにビールや焼酎を飲みそして締めにラーメンを食べる。気の利いた店ではそれに加えて焼き魚、天ぷらなどを出すところもある。

この界隈では屋台ではないラーメン専門の店が何軒かあってその中で一番賑わっているのがこの元祖長浜屋。昭和27年の開業らしい。この店に最初に行ったのはいつだったか記憶も定かではないが東京のラーメンが一杯400円くらいだったころ値段は200円だったような気がする。替え玉や替え肉はその時から50円とまったく変わっていない。

替え玉をするならスープを飲まないこと。そして自分の食べるペースと周りの状況を見ながら注文をする。店が混み合っている場合はまだ麺が半分近く残っているうちに、空いている時ならあと2~3回啜るくらい残っている時に「タマ」と声をかける。硬めの場合は「カタイタマ!」という具合に。このタイミングを間違うとかっこ悪い。麺を食べ終わってしまったのにしばらく待つ羽目になってしまう。

ネギもたっぷり入っているが、化学調味料もたっぷりで食べ終わると妙に口の中に残るスープ。麺の茹で方も量もスープの濃さもその日の気分しだいという大雑把さ。店員も愛想を振りまくわけでもなくただどれだけ早くラーメンを出すかに命を懸けているだけの感さえする。取柄はと言えば早いの一点に尽きるラーメン。

そんなにうまいわけじゃないよなと思いつつ何故か足が向いてしまう魔性のラーメン屋。昼間に行っても深夜の3時ころに行っても同じように客が入っている不思議なラーメン屋。それが元祖長浜屋。

元祖 長浜屋
福岡県福岡市中央区長浜2-5-19
TEL: 092-781-0723
営業時間: 24時間 年中無休

ココロがカラダを動かさない

18日夜半過ぎに台風13号は猛スピードで駆け抜けていった。今朝は四時近くまで起きていたので九時半頃ようやく目覚めた。
外に出てみる。そこには台風一過の青空はなく低い雲が垂れ込めて霧雨が降っている。小枝混じりの落ち葉がビニールの袋や紙くずなどと一緒に吹き溜まりに集まっている。壊れた波板のボードが道路に散乱している。桜並木の大きな枝が裂かれて垂れ下がり歩道を塞いでいる。やはり相当激しい風が吹いたようだが幸いオンボロ自宅の被害はなかった。

たいした雨ではないので運動不足気味のロッキーを連れて走ることにした。久しぶりなもんだからあちこち匂いを嗅いだり小便をかけたり、そのたびに突然止まるのでトレーニングにならない。一通りの儀式が済んでようやくまともに走り出したと思ったら、雨がパラパラと大粒に変わる。南からの湿った風が北進する台風に向かって吹いているので大気が不安定なのだろうか。雨足が強くなりたまらずランニングを断念する。ずぶぬれで家に帰る。

乱れていた交通機関も平常に戻りほぼ定刻の最終便で東京に戻った。金曜日に走ったきりでまともにランニングができていない。台風のせいだから仕方がないというのは言い訳で、まだ自分の中でこれを貫き通すという意志ができあがっていない。そうでないのなら多少の雨が降ろうと走ろうとするはずだ。あたり前のことだけどフルマラソンを走り切るためには基本的な体力も必要だけどそれよりも自分に負けないで走り続ける意志の力のほうが大きい。走っていて先にもうダメだとなるのはカラダではなくココロだ。友人のUKがいつも言ってることだけど「ココロがカラダを動かしている。」のだ。

9月19日。朝目覚めたら快晴。走るのに絶好の日和だけどもう8時を回っていた。今朝もとうとう走れなかった。これで土曜から4日間走れなかった。いや走らなかった。このままズルズルと間隔があいてしまうのだろうか。明日こそ。

東洋軒と一竜軒

最近は小倉を発つ前に必ず寄る習慣になってしまった。北九州空港に向かう前に黄金市場近くにある東洋軒に寄る。最近この時間帯はオヤジが居ない。「最近姿を見ないけどカラダでも悪くしとっちゃないと?」「いやこの時間は休憩時間なんですよ」「それならいいけど・・・」と軽く挨拶を交わしていつもの大盛り硬めを注文してしばし待つ。
店のサイン
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この店に通い始めたのはいつの頃からだったんだろうか?
仕事の関係で小倉に移り住んだのはもう27年前のことになる。水戸で胃潰瘍の手術をして外回りの営業は術後のカラダに良くないからと配慮されての転勤だった。術前に78キロあった体重は一年半で53キロまで減った。服が全部だめになった。おかゆ一杯も食えないくらいだった胃も徐々に適応して大盛りラーメンとおにぎりくらい食えるようになった。その当時ほとんど毎日のように通っていたのが南小倉駅前の『一竜軒』である。久留米ラーメン系のこってりとしたスープにマッチした中太の麺は僕の好みでほかのラーメン屋には行く気が湧かなかった。

毎日の昼食時や日曜の午後には外に並ぶだけでは間に合わずカウンター席の後ろに一人ずつ人が並ぶというくらい繁盛していた店だった。僕ら親子が5人で行く時はテーブル席が必要だったのでいつも外れた時間に行くのだがそれでも待たされる時もあった。うちの次男はすでに3歳のころから一人前のラーメンを食べていた。子供用の器に取り分けるのではなく自分の顔の二倍くらいもある丼を占有して誇らしげだった。

昭和の終わり頃その一竜軒が何かのトラブルで流行っていた店をたたみ郷里の佐賀のほうに移転して行った。途方にくれた僕が通い始めたのがこの『東洋軒』である。当時からこの『東洋軒』も評判の店だったんだけど僕にとっては『一竜軒』が休みのときの代役でしかなかった。
東洋軒メニュー
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『一竜軒』のメニューはもっとシンプルでワンタン麺などはなかった。
潔くラーメンとおにぎりだけ。麺がなくなり次第店じまいとなるので何かの拍子で行くのが4時頃になるとあと3人前で終わりとか店の人の掛け声が交わされる。そうなると大盛りは頼めない。久留米ラーメン系の店はワンタン麺をメニューに置く事が多いがその意味では『東洋軒』のほうが正当派であるともいえる。
大盛り硬めネギ多目
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ラーメンが来た。慣れ親しんだ店はたとえ15分と居ないラーメン屋であっても居心地が良い。麺の硬さ、ネギの量、塩加減が10数年の試行錯誤の積み重ねで暗黙のうちに僕好みに仕立てられている。客が多い時も少ないときも待たされる感覚はまったくなく他の客に悟られないように僕を優先していてくれているように感じる。ラーメンは注文の順番に出されるのが原則である。しかし大盛り硬めは普通のラーメンより先に出されることが客の間の暗黙の了解でもある。僕の場合は微妙なタイミングでさらに早い。そのリズムが心地よい。

海原雄山じゃなくてえ~っとあれ浮かばない。ほらっ、昔の食の大家が書いた本のタイトル『美味求真』を暖簾やTシャツに染めて使っているけどオヤジ分かっているのかな。しかしオヤジがラーメンに情熱をかけているのは間違いない。たかがラーメン一杯と言いながらも一人一人のお客さんを本当に大事にしている。麺の硬さ、ネギの量、出すタイミング、待っているお客さんへの気遣い等々。そのオヤジには悪いが『東洋軒』のラーメンを食べるとなぜか時々『一竜軒』と幼かった子供たちの嬉しそうな顔を思い出す。

今思えば日曜のたびに『一竜軒』のラーメンを一緒に食べに行ったことが僕にとっては何よりも家族の団欒だった。

東洋軒
福岡県北九州市小倉北区黄金町1-4-30
TEL 093-931-0095
水曜日定休

究極のそば

究極のそばを見つけた!!
三島から修善寺方面に向かう国道沿いにその大きな看板があった。店の名前は『その』。
これだけ真正面から堂々と来られたら寄ってみないわけにはいかない。
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駐車場にはこれまた大きな看板に心を打つ言葉がしたためてある。麺は心で打つ!凄い。深い。
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ちょっと違うなと思いつつも妙に惹かれて暖簾をくぐる。するとそこにかき揚げ丼300円の張り紙が。やっ安い!安すぎる!?しかも限定品らしい。300円のかき揚げ丼?蕎麦だけでは足りない人のためのミニ丼なんだろうか?これも気になる。
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店内に入るとまだ11時過ぎたばかりだったがすでに何組かの客が入っていて10以上あるテーブルは地元の人っぽい家族連れなどでほぼ満席だった。中央のテーブルに座りメニューを見る。もりそば525円、大もりそば630円、天もりそば1155円、天丼630円(限定品)、かき揚げ丼315円(限定品)、かき揚げ単品210円。安い!幾ら地方都市三島とはいえ『究極のそば』がなんと525円。この価格で高級な蕎麦が出てくるのを期待してはいけない。
しかし『究極のそば』と堂々宣言することはよほど腹を括らないとできないことだ。値段は別としてきっと何かある。

隣の若いお兄さんのところに運ばれてきたでかい器から天ぷらがはみ出しているのは例の限定品の天丼だろうか?右隣にはかき揚げ丼が運ばれてきている。ちらりと見るとかき揚げがでかい!気持ちがそっちに傾きつつあるのを本来の目的は『究極のそば』だったと思い直して大盛り蕎麦を注文する。しかしかき揚げに未練が残った。「あのう・・・、この300円のかき揚げ丼は量多いんですか?」「あちらのがそれですが」大盛りそばとあれじゃ幾ら何でも多すぎる。かき揚げだけ単品で追加した。どうしても食べたかった。

奥の厨房では釜からあげた麺を冷水ですばやくしめて盛り付けをしているのが見える。(あれっ?うどん?)丸いざるにてんこ盛りのざるうどんがいくつも盛り付けられる。『究極のそば屋』なんだけど何故かうどんとか丼を注文する人が多いのだ。しばらく店内を見回しつつ待つ。壁に「究極のそば3つのこだわり」が掲げられている。厳選された国産そばの挽きぐるみ、何とか川の上流で育ったワサビ、そして笑顔の接待。はっきり覚えていないがそんなことが書いてある。入り口近くのベンチに順番待ちのお客さんが何組が並び始める。おばちゃんが大きな声で「ご飯ものはもうなくなりました。」と言っている。きっとあのかき揚げ丼目当てのお客さんも多いのかもしれない。

うどんが盛り付けられたあといよいよ『究極のそば』が茹でられる。冷水で手早くしめたそばをざるに盛る。やはりてんこ盛り!どうやら向こうの席の人の分のようだ。こちらには運ばれて来ない。またしばし待たされた後「単品のかき揚げで~す」と運ばれてきたのはやはりそれなりのモノだった。玉ねぎと細切りのニンジンと紅しょうがだけ。もしかしてと期待していた小エビのくるっと丸まったやつなんかはどこにもいない。そばが来ないのでかき揚げだけ食べる。熱々の玉ねぎのかき揚げは200円ならば悪くはない。

大盛りのそばが運ばれる。挽きぐるみの田舎そば。それをごく細に切っている。姿は美しい。こだわりの何とか川の上流で育ったワサビが申し訳程度にのっかっている。ワサビを載せて何本か啜る。これが630円ならば上々である。ふと信州上田の『刀屋』を思い出した。刀屋の大盛りは恐ろしいほどだったがここのはそこまではない。そばの出来はこちらのほうが上だと思う。

長野オリンピックの時にここまで来たんだからと長野から新幹線に乗ってわざわざ『刀屋』に行った。開高さんに並んでお気に入りの作家池波正太郎さんのご推薦だった。真田城を見学して昼時の行列に並んだ。大盛りと天ぷら盛り合わせを注文すると「お客さん、初めてですよね?大盛りはあれですよ。大丈夫ですか?」と意地悪そうなおばちゃんが向こうのテーブルで苦戦している客の方を指さした。説明によるとこの店では小が普通の店の大盛りくらいの量で、中が通常の三人前くらい。大は5人前くらいはありそうな超てんこ盛りなのである。

運ばれてきたソバは山盛りのカキ氷のようにこれでもかと積み上げられていた。やや中腰になりながら恐る恐る頂上のソバを箸でつかむ。失敗するとソバの山が崩壊しそうな不安定な状態なのである。一心不乱にソバにチャレンジする。少々食べても山は減らない。天ぷらの盛り合わせを頼んだことをすぐに後悔した。大丈夫と言った手前、残すわけにはいかなかった。最後のほうは乾いてもつれ合った蕎麦を啜るというよりもぐもぐと口に詰め込んだ。意地で何とか完食するも胃袋はソバの腸詰めみたいになって膨れ上がっていた。

ここの蕎麦は『刀屋』の時みたいに胃袋が膨れ上がることもなく飽きることもなく一気に完食することができた。これで630円は安い。

その一点において究極のそばであった。

究極のそばその
〒411-0816 三島市梅名587-3 電話 055-977-3906

台風13号

9月15日金曜日。
知人の結婚式とH社のユーザー会の幹事会で木曜日の夜小倉に戻ってきた。会合が午後からだったので朝往復で6キロばかり走った。まだ走り出しがスムーズでない。なんとなく足が重い。膝の動きが悪い。500メートルも走ると歩いてしまいたくなる。そこをなんとか我慢して凌いでペースを落としてでも走り続ける。

通勤の女子高生が前方から3人歩いてくる。丸まった背筋を伸ばして心なしかペースも上がる。見栄を張る。通り過ぎる。がくんとスピードが落ちる。バス停に何人かバス待ちの人が立っている。またペースが上がる。いつになったらそんなこと意識せずにちゃんと走れるようになるのか。せめて10キロくらいは楽に走り切れるようにならないと本番での目標クリアは無理だ。

金曜夜は博多に泊まって土曜日に親しい仲間と久しぶりのゴルフを予定していた。バッグの中にはシューズとランニングの準備をしていった。
朝目を覚ますと思い切り大きな雷鳴稲妻、そして大粒の雨がホテルの部屋の窓を叩く。ランニングどころかゴルフも中止になる。大型の強い台風13号が時速35キロで勢力を落とすことなく急速に近づいてくる。最大風速40m。1991年に大きな被害を出した台風19号並みの規模らしい。

17日。雨。この日もランニングは断念。11時半。ホテルに付属のチャペルの結婚式に出席。台風が近づくにつれ雨風が強くなる。携帯で台風・交通情報を見ると九州発着の飛行機はほぼ全便欠航。鹿児島本線、新幹線などの鉄道も15時過ぎから運休が出始める。結婚式が終わる頃には北九州も強風圏内に入り早々に家に戻る。

18時過ぎに長崎県佐世保市付近に上陸した台風は雲仙で風速59メートル、福岡市で49メートルの風を記録したとニュースが伝えている。
風速25メートル以上の暴風域に入る。ロッキーを雨風の当たりにくい玄関横の車庫に避難させる。居間のガラス戸が強風に膨れ、家が大きく揺れる。呼吸をするように強弱を繰り返しながら暴風が吹き荒れる。外に出て見るとどこかのカーポートの樹脂の破片が飛んできてひやりとした。黒雲の中で光る雷におびえるロッキーを落ち着かせる。

台風は思ったより短時間で日本海に走り去り、23時過ぎには風も治まってきた。幸い我が家はさしたる被害は無かった。おそらく大丈夫とは思うが小国の山小屋が心配。雷でブレーカーが落ちたりすると行って復帰させないと冷蔵庫の冷凍食品が腐って大変なことになる。草刈りや薪作りのためにもともと結婚式の後行く予定つもりだった。台風の中行くことができなかった。明日小国のヨシオカ君に見てきてもらおう。

深夜3時半あれだけ騒がしかった風の音も嘘のように消えて虫の声が聞こえている。

明日は天気も回復してランニングができるはずだ。

続・河は眠らない(6)

5.勝った!

8時25分。
今度はマリオにヒット!

ラッキーが釣り上げるために下流まで流されたので、船はまた最初の地点まで戻った。その後の一投目にガツンと来た。
仕掛けは ラッキーと同じEgg(イクラ)をつけたもの。(だから僕もイクラにして欲しいよ!)
ぐいぐいしめつけてロッドがしなる。
走る。
ジャンプする。

ようやくそばに寄ってきてアダムが大アミですくった時に、マリオから「ふうー」と吐息が洩れた。
ラッキーの時より時間は短かったが1パウンド多い?36パウンド!
ここキーナイ川では35パウンド~40パウンドがレギュラーサイズと言われているがアダムもピーターもグッドサイズと言ってくれた。
キーナイ川では一日にキープできるキングサーモンは一匹だけ!
必ずキープするかと聞かれる。
キープすればその日はもうフィニッシュ。それ以上釣リあげることはできない。うしろで他の人が釣るのを見ていることになる。
キープする際はライセンス(7day 30$プラスking30$)にガイドがレコードを記す。

それぞれキープした二人が後ろの席に移って僕とピーターが前に陣取る。さすがにアダムもここでようやく二人の仕掛けをEggに代えてくれた。それから1時間あまりがあっというまに過ぎる。
開高さんも「patient!patient!」と耐えたが結局初日は釣れなかった。

「キングがそんなに簡単に釣れたんじゃかえっておかしい。」
「なんで二人に釣れて自分にはかからないのか?」
「神様って残酷だ。」
「これも試練。きっとあとでいいことがある。」
「日、月と禁漁のあとの火曜日が一番釣れるって言ってたから、このままずっと最後まで釣れなくて帰らなくては行けなくなってしまうんじゃないか・・・。」
「いやそんなことはない。まだ土曜日まである。今日がだめならあしたがあるさ。」

「ワンシーズン何十万人という人が来て釣れるのは6000本とか7000本とかいうよね。とするともう僕の分はないのかも・・・。」
「そんなに簡単に釣れる魚じゃない。今日だって百隻以上の船が出てるけど釣れずにまだロッドを出している人の方が圧倒的に多いものね。」
 
「patient!patient!」

氷水のようなキーナイ川の中に2回も入れたらサーモンエッグは赤からピンク色あるいは真白になってしまってキングが見向きもしなくなるらしい。アダムが仕掛けを付け替えるたびに「ビッグフィッシュ!ビッグフィッシュ!」とおまじないのように唱えてくれる。

9時45分。
ピーターも僕も焦りの色が濃くなったころ、今度はピーターのロッドがぐいっとしなった。
長い時間のやり取りの末にビッグフィッシュが上がった。あとで計量したら45パウンド!平均を超える大物だ。
「good job!」と言うとピーターが嬉しそうに握手を求めてきた。笑顔で握手をしたつもりだがきっと僕の顔はこわばっていたに違いない。このあと気分転換を兼ねて暖かいコーヒーでもということでボートハウスに戻る。ピーターはここで下船することになった。

三人が釣り上げたキングを船着き場のゲートにぶら下げる。
人が集まってくる。いわば表彰台のようなものだ。Chickがカメラを持ってきて三人で、ていねいにひとりずつ写真を撮る。
僕は「おめでとう。」と弱々しく言うのが精一杯・・・。
マリオ、ラッキーの満面の笑顔が羨ましい。
僕はChickのサイドでビデオカメラを回す囃子たて役・・・。
一緒に写真を撮ってもらったけど自分が釣ったのが入っていないのだから虚しい。
 
午後12時。まだ釣れていない僕だけのためにふたたび出撃!
今度はワルキューレの音楽も鳴らない。
「ビッグフィッシュ!ビッグフィッシュ!」アダムのおまじないも効かない。ロッドは朝から通算8時間ぴくりともしない。
寒い中つきあって、うしろで見守ってくれる二人に申し訳ないという気になってくる。

「きっと僕の気持ちを察して釣れて欲しいと思ってくれているんだろうなあ。」
「そんな風に同情されるのはうれしいけど辛い。」
「ひとりだけ釣れないってのはねえ。神様もいたずらが過ぎるよ。」
「15年も待ってやっとここまで来れたのに・・・。」
「昨日ここまで来れたらいい。釣れなくてもいいと言ったのは取り消します。」
「お願いします!。二人に釣らせたのだから、私にも一匹釣らせてください!」

13時5分。
ヒット!ついにヒット!
しかし・・・軽い・・・。簡単に姿を見せたのは15ポントくらいのやつだった。6キロ以上あるんだから普通なら十分のサイズだ。
アダムの非情な声。
「モウスコシオオキイヤツヲ、ネライマスカ?ネライマスヨネ!コレハリリースシマショウ!」
「キープシマスカ?」と聞かれるのではなく、次を狙おうと言われたらイヤとは言えない。
「これでも良かったんだけど・・・。」
リリースサイズが釣れたら開高さんのように「グッドバイ!」と言おうと決めていたことも忘れて未練たっぷりに見送った・・・。

13時25分。
ヒット!ヒット!
あわててリールを巻く。その瞬間。すっと軽くなる。あわせそこなった・・・。
ため息まじりの二人の「あーあっ!」と言う声が背中に突き刺さる。
もしどちらかひとりしか釣れていなかったらここまで思わなかったに違いない。
身をこがすような焦燥。
もうだめかもしれないという99%の諦めと1%の未練。
そして待ってもらっているふたりに申し訳ないという気持ち。
さっきのヤツをキープしていたらもう終っていたのに・・・。

つらい・・・。
ものすごくつらい・・・。
通常の終了タイム3時も過ぎた。
もうあとがない15時40分。

フィッシュオン!

ついに来た。願いが通じた。
ぐんぐんと糸を引っ張る。
ドラグがキュッキュッと鳴って糸がどんどん出て行く。
逆転一発の大物?
右に左に走る。
慎重に、慎重に・・・。
「リール、リール!」
「ロッドアップ!アップ!」
アダムも何とか釣らせてやろうと緊張している。ようやく寄ってきてアミを入れようとすると船の下に潜りこみそうになる。竿を前に出してロッドを折られないようにする。船を回す。何度かそれをくりかえす。

時間が永遠のように長く感じられた。(あとでビデオを見たら10分ちょっとだったんだけど・・・。)
「頼む上がってくれ」
「もういいやろ」
そしてついに感動の瞬間が・・・。
「yeh!yeh!I got!」
「thanks you!thanks you!」
「ありがとうございました。」

長かった・・・。15年・・・。
涙が思わずにじんできた。
サングラスの下のまなじりをそっとぬぐった。

    (1999年7月28日深夜。・・・今夜も眠れない・・・)
              ≪続く≫

もんじゃ焼き「おしお和(なごみ)店」

九州から出てきた知人がもんじゃ焼きを食べてみたいというのでご近所の月島もんじゃ通りへ行くことにした。もんじゃ焼きの店は小倉の街にもあるが「あんなゲロみたいな気持ち悪いもん、だれが食うとや。人間の食べ物じゃない!」とずっと長い間食べず嫌いのままだった。
もんじゃ好きの娘が一緒に行こうというのでこの年になって初めてもんじゃにチャレンジした。意外に旨かった。大好きな食べ物では無いのには変わりは無いが、あの鉄板の上で自ら調理していくエンタテイメントは今では嫌いじゃない。

最近よく行くのは「おしお和(なごみ)店」月島もんじゃ通りでは一大勢力となっている「おしお」の系列店だが本店は人気で狭いのでいつも満席。急に思い立って行くことが多いので2階もあって広いこの店に行くことが増えた。
おしお和店
20060914171351.jpg

はじめてと言うことだったのでまずは「はんぺんバター」と「イカバター」と生ビール。もんじゃは定番の「めんたいもちチーズ1200円」と「桜えびもんじゃ700円」を注文する。はんぺんのバター焼きはシンプルだけど旨い。めんたいもちチーズから焼くことにする。

めんたい、もち、チーズ、キャベツなどの具材を汁をこぼさないように鉄板に取り出して、お好み焼きのヘラを二枚使いリズム良く、すばやく、休まず鬼のように刻む。半そでの場合は熱いキャベツの逆襲にあわないように気をつける。以前調子に乗って刻んでいたら熱いキャベツの破片が飛んできて手にくっついた。しばらく跡が残るくらいヤケドした。キャベツと言えど侮ってはいけないのだ。

刻んだ具材を手早く混ぜて土手を作り中央を丸く空けて粉を溶かし込んだ汁を流し込む。煮詰める。粘り気が出てきたところで土手を崩し手早く混ぜ込んで鉄板全体に広げる。しばし待つ。焦げ目がつき始めた頃合をみてハガシを使って食す。ハフハフ言いながら口にほおばるのを良しとする。一息ついたら強めの火で水分を飛ばしわざと焦げ目をつけ薄いせんべいのようにして食べるのもまたいい。

めんたいもちチーズもんじゃ
20060914172313.jpg

焼く前の写真を撮るべきであった。調理した後のもんじゃは全部同じに絵になる。(次回行った時には処理前を撮影してきます。)
「おしお和(なごみ)店」
住所:東京都中央区月島1-21-5
電話:03-3532-9000
営業時間・店休日:年中無休
平日  正午 ~午後10:30
土日祭 11:00~午後10:30


≪モンジャ船≫
今年の夏は30名ほどのグループでモンジャ船にも乗った。蒸し暑い夜に加えて満員の船内に所狭しと並べられた鉄板で各グループお好みのもんじゃを作るから全員汗だくである。集合時間19時。月島もんじゃ協会前。ずいぶん待たされた後7時半過ぎにようやく船着場に団体で移動する。列を乱すと係員の若い女性に怒られる。小学生の遠足並みだ。派手な提灯イルミネーションの屋形船に乗り込む。一人分の席が30センチ四方の小さなせんべい座布団。正座をしても狭い。大きく近づいてくるレインボウブリッヂに大きな歓声を上げつつ飲み放題の缶ビール、ウーロン茶で早くも乾杯。出航して15分ほどのお台場海浜公園前の入り江で停泊する。

係りの女の子が注文をとる。結構色々種類がある。食べ放題だからみんな「カレーもんじゃ」と「めんたいもちもんじゃ」と「さくら桜海老もんじゃ」と・・・と「おいおいそんなに食えるのか?」っていうことでとりあえずそれくらいにしておく。一時間強しか時間が無いので次々にオーダーしたのが狭いテーブルに運ばれる。

例によってまず刻んだキャベツやエビなど具材だけ汁をこぼさないように鉄板の上に取り出し、ヘラで細かく刻む。カンカラカンカラとあちこちの鉄板から音が響き渡る。刻んだ具材で土手を作り中央を空ける。そこに残った米のとぎ汁みたいなやつを注ぎ込みグツグツと煮詰める。ころあいを見て土手を崩し一気に混ぜ合わせる。鉄板一面に平たく延ばしてしばし待つ。焦げ目がつきはじめたら食べごろになっている。

ままごとのヘラのような小さなハガシを使って端っこから削り取って口に運ぶ。「はふっ、ほぐっ、ふっふまい!」なんて感じでヤケドも物ともせず熱いヤツをヤル。娘はメンタイもちチーズもんじゃがお気に入りのようだが僕はサクラエビにとどめを刺す。ベビースターも60年代の下町っぽくて風情があるしこれが意外に癖になる。締めは「イチゴクリームパフェもんじゃ!」はあっ?て感じの食い物。「気持ち悪~い」と殆どの女の子は拒否。なぜか男には受けている。チープなクレープって感じで船酔いしそうな匂いがした。ひと口で勘弁してもらった。



9月14日:走りグセ

昨夜からの雨に加えて風も強くなり傘が吹き飛ばされそうになるくらいの荒れた天気になってしまった。せっかく今週は三日間連続で走っていたのにとうとう今朝は中止してしまった。9月になって昨日まで通算走行距離50キロ。最低月間100キロは走っておきたい。夜は会食など多いのでややもすると走れない日が続いてしまうが朝走る習慣をつければ毎日でも走ることができる。問題は朝弱いこと。

走りグセをつけないとあっという間に一週間くらいの間隔が空いてしまう。そうなるとまた振り出しに戻ってしまう。走り出しが苦しい。わずか5キロの距離なのに持続力がなく途中で歩こうとする。こんなことでは4時間どころか5時間も切れない。問題は明日。果たしてちゃんと起きて走れるかどうか。また元に戻ってしまうのか明日が分岐点。

8月27日・尚子ロード

8月26日高校の同窓会総会で岐阜に行ってきた。もちろんシューズ持参だ。土曜日に泊まった岐阜都ホテルのすぐ前には鵜飼で名高い長良川が流れている。その向こうには急峻な金華山が聳える。斎藤道三が築城した岐阜城を頂上に構えた自然の要塞である。高校時代、サッカー部のトレーニングであそこまで何度か走らされたことがある。夏の暑い日、火照った足を長良川の水で冷やした。水泳禁止を言いわたされていたが仲間とこっそり泳いだ。深みに足を取られてあっという間に急流に流され溺れかかった。忠節橋の橋げたに引っかかり攀じ登ろうとしたが苔でまた滑って水を飲んだ。2~3メートルの水中でもうダメかともがいているうちに中州の浅瀬に流れ着いた。間違っていれば僕はあの時死んでいたかもしれない。

その長良川の堤防沿いに高橋尚子を称えて往復5キロの尚子ロードが作られている。同窓会の集合時間はお昼近くだったので予定通り朝走ることにした。
8時。すでに昇った太陽がまぶしい。高橋尚子の似顔絵が書いてあるスタート地点からゆっくりしたペースで走り始める。前方にも何人かのランナーが走っている。向こうから復路を軽快なペースで女の子が走ってくる。負けられない。ペースを上げる。交錯した後はさすがにペースを落とす。散歩しながら歩いてくる人がいる。沿道の観衆に見立てて背中を張り軽快そうに見えるように走る。誰か見てる人がいればかっこ悪いからダラダラとは走れない。ついペースが上がってしまう。

往路の2.5キロは平坦で変化が無いためか意外と遠く感じた。100メートル刻みでラインが引いてあるのは目安になって良いけどひとつひとつの間隔が長く感じられる。すでに30度近くに上がった気温に顔から汗がポタポタ落ちる。シャツが濡れる。しかし普段走っているでこぼこ舗道に比べたらはるかに走りやすい。坂道もなく朝のジョギングには最適だけどトレーニングにはもう少し坂道とか変化があったほうがいいかなんて贅沢をつぶやく。復路で緩急つけながら走ったりしたのでちょっとバテたけど意外と楽にもちろん歩かずに走り切った。川岸を渡る風がさっと吹いて火照った体を冷やしてくれた。7月27日から一ヶ月で約80キロを走った。まだまだ足りないが九州を行ったりきたりして忙しかったわりにはよく頑張った。9月は100キロ以上走りたい。

7月27日。いよいよ。

いよいよ走り始めなければもう間に合わない。今年こそ4時間いやまずは4時間半を切りたい。そのためにはこれまでのように思いついたように走ったりやめたりではダメだ。真面目にトレーニングを開始しなければいけない。夜八時。そう思って自宅の近くの勝鬨橋からお台場海浜公園に向かって走ることにした。何キロあるかも分からない。はじめはゆっくりキロ6分半~7分くらいのペースで晴海通りを走る。黎明橋を渡って新しくできた晴海大橋まで3回も信号待ちがあってペースができない。

全長で500メートル強の晴海大橋は結構キツイ上り坂で50メートルも行かないうちに膝が重くなる。レインボウブリッヂが意外と近くに横たわる。止まりたくなる自分をなにくそっと励まして頑張る。
最高地点を過ぎると急に足が軽くなる。豊洲埠頭に下っていく。新築地市場前。駅だけひと足先にできてしまっている。そこを過ぎたら有明北橋。また緩い上り坂。軽快だった足が途端に重くなる。膝が締まる。ここで歩いたら意味がない。ペースをぐんと落として「もう少し、もう少し行こうよ」と何とか止まりそうになる自分を励ます。お台場の観覧車はまだまだ遠い。

テニスの森駅をすぎ有明コロシアムのところで右折する。誰も見ていないよ。止まろう!歩こう!始めは無理しなくて良いさ。誘惑の声が耳元でささやく。舗道のでこぼこが結構走りづらい。汗がポタポタと落ちはじめる。スポーツセンターを横目で見ながらのぞみ橋を渡る。ようやく台場まで来た。走り始めてもう25分近くになる。なぜか楽に足が動くようになってくる。お台場海浜公園駅の手前を右折して20時34分。ゴールと決めていた公園に到着。ファミマで水を買ってごくごくと飲みながら砂浜を歩く。海から吹いてくる夜風が流れた汗を冷やす。レインボウブリッジの下には派手な提灯を並べた納涼船、モンジャ船が浮かんでいる。

よし今日が僕のトレーニングスタートだ。気持ちを奮い立たせて岐路をいきおい良く走り始めた。

1.はじめの一歩

昨年のホノルルマラソンで情けないランニングをしてしまい来年こそはと雪辱を誓った。ハーフまではそこそこのタイムで行けたけど、25キロ~32キロで完全にバテてしまい5時間を大幅に上回る結果となってしまった。悔しかった。走った距離は裏切らない。走りこみもしないままホノルルに来てしまった自分が情けなかった。
来年こそはちゃんと練習をして再挑戦する。そう思いながらもフルマラソンの後はダメージが大きいから少し足を休ませないといけない。年が明けたら走り始めようと考えていた。

1月。今年の寒さは格別で膝を傷めたら意味がない。手術をした肩関節唇損傷治ってないことだし、もう少し暖かくなったらでもいいか。
3月1日。よし今日からと思って3キロばかり走ってみる。あれ?やっぱり走りきれない。歩く。走る。また歩く。そんな感じで結局3月は4回走っただけとなった。

4月。暖かくなったのにもかかわらず、相変わらず思い出したように1週間~10日に一度くらいのペースで3~5キロ、家の周りをランニングするだけ。ジムにも行かなくなって久しい。そうなると行くのが億劫になる。

5月。もう始めなくちゃ。いやまだ大丈夫。何かと食事会などが続くしもう少し経ったらにしよう。
6月。山小屋で草刈りしたり、フットサルやったり、ゴルフに行ったり結構普通の人に比べたら体を動かしてること多いから基礎体力はできてる。3ヶ月もやればフル走る足はできる。
なんてことを思いつついつの間にか7月に突入。

はじめの一歩が出てこない。

続・河は眠らない(5)

4.見た!

栄(ロン)!
完了(ワンラ)!!
開門紅(カイメンホン)!!!
天和(テンホー)!!!!
一気通貫(ヤーヘイトンクン)!!!!!

栄! 栄!栄・・・。

やった!第一ラウンドで!
8時10分。ラッキーボーイ。35パウンド!(約15.75キロ)8時25分。スーパーマリオ。36パウンド!(約16.2キロ)。
そして長い沈黙と焦燥の後・・・・。15時40分。
15years'dreamer HARRY。30パウンド!(約13.5キロ)

今夜はゆっくり眠れそうだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ぐっすり眠ることができるかと思ったけど、興奮してなかなか寝つけない。緯度もかなり高いので11時半を過ぎてやっと暗くなってくる。
午前1時近くなろうとしているのにそれでもまだそとは薄暮という感じだ。今朝からの一日が、ビデオテープを繰り返すように頭の中をかけめぐる。

4時半起床。「朝ですよ!時間ですよ!」
3時ちかくまで寝つけないまま、いつのまにか眠っていたらしい。ラッキーの声に飛び起きた。さあいよいよ第一ラウンドの開始。5時。朝焼けの中をボート乗り場まで15分ほど走る。5時45分集合と言われていたが早目に着く。Chickはもう準備をしていた。

「グッドモーニング、チック!」
「How are you? Harry!…Yo…and… 」
まだみんなの名前を完全に覚えていない。「コレハムスコノアダムダ。キョウハカレガキミタチノガイドヲスル。マダハヤイノデレストランデコーヒーデモノンデテクレ!6ジニシュッパツスル。」みたいなことをたぶん言っているんだろうけど、少し口ごもっていて、早口のChickの言葉は聞き取りにくい。

5時50分。
いよいよ船に乗りこむ。ガイドのアダムを入れて5人乗りのさほど大きくない船。われわれ3人のほかにミネソタから毎年来ているというピーターが同乗することになった。

「Here we go!」
青白く濁った凍るようなキーナイ川の流れの中にいきおいよくボートが滑り出す。なぜだか映画「地獄の黙示録」に流れていたワルキューレの音楽が頭の中に高鳴る。何十隻という船が次々に出撃して行く。
おそらくキーナイ川全体では100隻を超す船が出ているに違いない。

ラッキーとマリオはイクラの生餌がついたロッドを、僕とピーターには腐りかかったサーディンをルアーに巻き付けたロッドをそれぞれアダムが渡してくれる。上流に船首を向け河の流れに微速で逆らいながらルアーを出していく。「ハリートピーターハ、リールノスプールガ7回転スルマデ糸ヲダシテトメロ。ラッキートマリオハ、オナジヨウニ5ツカゾエテトメテクレ。」

どうやら糸がもつれない様にするためらしい。
スプールの回転を7つ数えてカチャッと止めると糸がピーンと張ってルアーがコツコツと川底の石にあたるのがわかる。
急流にすこしづつ流されながら川底を登っていくサケの鼻面にルアーやイクラをチラチラとさせると目障りだからなのか、種の保存本能なのか良くわからないがバイトするらしい。そこにうまく持って行くそのタイミングがきっとあるんだろう。アダムが微妙に速度を調整する。
1000メートルくらい?流されてアタリがなかったらもう一度上流にもどって繰り返す。高速で船が行き交う。

アダムが「ビッグフィッシュ!ビッグフィッシュ!」
とおまじないのように手をすりあわせながら祈ってくれる。
朝日を浴びてそれまで無色だった川岸のトウヒやログハウスがオレンジ色に染まる。空が高く青い。
背中がぞくぞくするのは寒さのせいばかりじゃないだろうけど、冷気の中に吐く息が白い。

ついに来た。
キーナイ川に来た。
いま、まさにあの時の開高さんと同じように・・・。間違いなくキーナイ川に船を浮かべてキングサーモンを釣ろうとしている。

2時間ぐらい流すが僕の竿はぴくりともしない。
ラッキーとマリオにそれぞれアタリがあるがヒットしない。[僕もイクラの方がいいなあ ・・・。こんないわしの腐ったみたいな切り身をを巻き付けたルアーで来るんかいな?」と思いはじめたころの8時5分。

ラッキーのロッドがグーンとしなる。
「Wait,still wait!ok!go!」
ボートをぐいーんと走らせて魚を完全にフックさせる。ピーターが大アミを立てる。サカナがヒットした時に周りの船がじゃまをしない様に目印にするらしい。ギリギリとリールが鳴って、ロッドがぐいぐいしなる。糸をあっというまに何メートルか持って行く。左右に走る。
そのたびにボートの向きをアダムが調整する。ジャンプする。

「大きい!」
「リール!リール!アップ、アップ!」
リールを巻け、竿をあげろとアダムの声が飛ぶ。
何分かのやり取りのあとようやくサカナがボートに寄ってくる。
アダムが慎重に大きなアミですくいあげる。
大きい!ビッグサイズ!
「キープするか?」と笑顔でアダム。
「モチロン」とラッキー。

ラッキーが釣り上げたサカナはまさにやや赤く婚姻色にそまった35ポンドのキングサーモンだった。朝出る前に予感がしていた。
「ビギナーズラックっていうからな。」
「ラッキーが最初に釣るような気がする。君はくじ運もいいもんなあ」と話していたのだ。
「おめでとう!」
「ありがとうございます!」
賞賛と羨ましいと言う気持ちが入り交じる。(よしおれも!でもイクラに替えてくれんかなあ・・・。

キングを船に上げてまた上流に向かう。

                           ≪続く≫

ハヤノ牧場物語3・スズメバチとの戦い方

≪スズメバチとの戦い方≫

20060907141808.jpg



これまでに300頭以上のスズメバチと戦ってきた。壊滅させた巣も大小併せて7個になる。ポンプ小屋の軒下と内部の天井、それにガレージの天井部分に巣を作っていたのは後から調べてみるとキイロスズメバチのようだ。ハーブ園の周りに敷いた枕木の下やポンプ小屋に降りる枕木の階段の穴に営巣していたのはそのサイズから見てオオスズメバチと思われる。8月終わりから9月にかけて今頃の季節は巣作りもピークになって巣周辺はかなり危険。素人は絶対近づかないことだ。

スズメバチは通常10メートル以内に巣に近づかないと攻撃をしてこないといわれている。だからスズメバチ専用の殺虫剤もジェット噴射距離10メートルなんてスペックになっている。巣から10メートルほど以内に近づくと偵察隊の2~3頭が口をカチカチ言わせながら威嚇をしてくる。「これ以上近づくと刺す!」この警告を無視するととたんに攻撃してくる。刺した時に出てくる毒液に警告フェロモンと言われるような化学合成物質が入っているらしく空気中を伝わって巣にいる仲間が一斉攻撃を仕掛けてくる。電気屋のイイダさんが最初にやられたのがこのパターンだった。

単独飛行中のスズメバチはまず刺すことはありえないのでかえって逃げ回ったり、振り払ったり敵が攻撃と間違うような紛らわしい行動はせずじっとしていれば問題ない。ピザを焼いている窯の周りに巣の候補地を探しに来ているようすのヤツは営巣されても困るので止った瞬間にハエタタキでやっつける。近所に牧場があるせいか6月~7月にかけての夏場はハエがやたらに多い。そのおかげで僕のハエタタタキのヒット率は95%を超えているのでめったにはずすことはない。ハエと違い一発でやらなければ逆襲もあるので一撃必殺の気合でやる。

大きくなった巣を駆除する場合はまず刺されないための重装備をしなければいけない。厚手の軍手やジーパンでも針を通すのでその上からさらにゴム製のカッパ・ゴムのズボン・ゴム手袋・ゴム長靴でしっかり装備する。帽子の上からハチ避けのネットをかぶり隙間から入り込まないようにガムテープなどですべてを密閉する。暑くて息苦しい。
武器は両手にスプレー式の殺虫剤。至近距離で使用するので10メートル以上噴射可能な高価なハチジェットである必要はない。安売りのゴキブリ・蚊・ハエ用の普通ので十分。あとはノコギリと巣を入れるための大型ゴミ袋。

ケース巣タデイ1:戦場≪ポンプ小屋の軒下≫

詳細は前回のスズメバチ奮戦記に書いた。
両手のスプレーを一気に噴射しながら蜂の巣に近づく。スプレーを全体に満遍なくかけ続ける。ハチが混乱しているところをもう一人が大型ごみ袋を下からかぶせる。すかさずもう一人がはしごを掛け巣の根元をノコギリで一気に切り取る。ゴミ袋を縛って奇襲攻撃完了。3人のコンビプレー。強攻策なので敵も反撃してくるがゴム装甲が針を通さない。

ケース巣タデイ2:戦場≪ハーブ園の枕木の下≫

友人がハーブの園の雑草取りをしようとしたらスズメバチが2~3頭出てきて威嚇される。草刈りをしていた僕のところにあわてて助けを求めに来たので見に行く。
どうやら巣が枕木の下にあるらしく枕木の割れ目から出入りしていたので殺虫剤とハエタタキを使うことにした。外から帰ってくるヤツを友人にウォッチさせつつ、木の割れ目に噴出口を近づけて直接内部に向かってスプレー式殺虫剤を一気にぶち込む。たまらず出てきたやつを順番にハエタタキで叩く。時折単騎で外から戻ってくるヤツは、出入り口に止まったところをハエタタキで叩く。木の割れ目が小さいので一度に出てくるのはせいぜい4~5頭。一気に出てくることがないので比較的楽だった。まだ営巣の初期だったようで30数頭で終わった。木の割れ目をコンクリートで割れ目をしっかり埋めて再度営巣できないようにして完了。

ケース巣タデイ3:戦場≪ブルーベリーの畑≫

スズメバチはブルーベリーが好物のようだ。かじって蜜を吸う?黒く熟した食べごろのブルーべりーの樹に4~5頭ずつ群がっている。食べ物だから後のことを考えると殺虫剤でというわけにはいかないので捕虫網を使う。ブルーベリーに近づいたところを捕虫網ですくって足で踏み潰す。居なくなるまで丹念に繰り返す。夢中になっているといつの間にか2~3頭背後からやってくるので要注意。何度も捕りそこなって怒らせたりしない限りは敵が積極的に攻撃してくることはないが念のため見張りを立てて警戒しておいたほうが良い。捕虫網は一発か二発で捕まえることがポイント。

ケース巣タデイ4:戦場≪枕木の階段≫

5年前まだスズメバチの怖さを知らないときのこと。
ポンプ小屋の軒下の巣が大きくなってきたのでF市の消防の救急隊員でもある従妹の旦那を従えて駆除に向かった。僕も従妹の旦那も半ズボンにTシャツ。武器は僕が捕虫網を持って従妹のだんなが両手に殺虫スプレー。スズメバチの怖さは書物の知識としては知っていたが実体験上はたいしたことはない。巣に近づかないで襲われる前に飛び回っている敵を一頭ずつやっつければ大丈夫と舐めていた。

実際その出動の前にも僕は一人で行って捕虫網を使い10数頭やっつけていたのだが数が多いので従妹の旦那を救援隊として呼んだ。
僕が先導して枕木の階段を10段ほど降りた時にその悲劇は起きた。何歩か遅れてついてきた従妹の旦那が突然「わっ!」と叫んだ。振り返ると頭の上を何か飛び回っていて手で追い払おうとしている。「何しようとや?スプレー!スプレーばかけやい!」最初トンボか何かが頭上を飛んでいるのかと思ったら10数頭のスズメバチに従妹の旦那が襲われていた。不意の攻撃だったので両手に持っていたスプレーを噴射する余裕もなかったようだ。「逃げろ!とにかく逃げろ!」僕は階段を駆け上がりながら従妹が投げ捨てた殺虫スプレーを拾ってスズメバチの群れに噴射する。少しでも飛沫がかかった瞬間ハチはポタポタと落ちる。幸い一箇所も刺されず群れの中を突破した。
数箇所を刺された従妹の旦那は痛みとショックで真っ青になっている。
少し休ませて変化があれば病院に運ぼうとしたが結局それ以上悪化せず
幸い大事には至らなかった。さすがの救急隊員も突然のスズメバチの攻撃にはなすすべもなかった。それ以来彼は山小屋には来ない。

沈静化したころに戻ってみると枕木の階段の裂け目の下に巣ができていた。僕がトントンと通過したその振動に怒ったスズメバチの偵察隊が何も知らない従妹の旦那を襲い、ついで他の仲間が一斉攻撃してきたようだ。二本の殺虫剤で至近距離から巣穴に向かって一気にスプレー攻撃。出てくるヤツを足で踏み潰し、採餌から戻ってきたやつは捕虫網で捕まえて殲滅した。粘土で穴を埋めて合掌。オオスズメバチなどはこのように見えないところに営巣することも多い。しばらく歩いていないところは足元にも注意を払わないととんでもないことになる。

続・河は眠らない(4)

3.来た!

ついにここまで来てしまった。
1996年7月26日 。
シアトル発8時40分の飛行機が大幅に遅れてアンカレッジに到着したのが12時5分。そこからレンタカーに乗って約300キロ、3時間の行程でようやく辿り着いた。
キーナイ半島の突端に位置するsoldotnaという町に来ている。

 車中から見かけた山々は雪渓や氷河が点在して、低く垂れ込める雲が霧のように頂上を覆い隠していた。立ち枯れた樹木が骸骨のように点在する湿原。寒々とした光景が広がる夏のアラスカ。車で3時間の行程はレストランロッジのようなものが点在しているだけで、町らしきものはほとんどない。雨も降り出してせっかくの休みなのにとなんとなく鬱状態になりかかったところで、いきなり青空がのぞいてきて おまけに遠くにマッキンリーまで見える。気がつくとsoldotnaの町に入っていた。

 あの開高さんがかつて訪れた町。60パウンドのキングを釣り上げた場所。リバーサイドホテルの部屋の窓からキーナイ川が見える。
何人もの釣り人がロッドを河に投げ入れている。ときおり水飛沫があがる。ジャンプするレッドサーモン。網が入る。歓声があがる。はやる気持ちを押さえてガイドのChickにホテルのバーで会った。

「Nice meet you! I am Hayashi,call me Harry.」「Can I catch a King?」
Chickが呼びやすいようにとこの5日間は「Harry」と呼んでもらうことにした。Kingが釣れるだろうかという問いには「ワカラナイ。キミノウンシダイダ!」と言われた。あたりまえだ。でもそれはどんな説明よりも一番聞きたかったことだ。「マカセナサイ!ワタシトイッショ二イッタヒトハコレマデミンナキングヲゲットシテイル」と嘘でもいいから言ってほしかったのだ。正直なヤツだ。

バドワイザーを立て続けに2本飲みながら、ていねいに説明してくれる chickに好感を持った 。
彼ならきっとKingに逢わせてくれそうな予感がした。
「5ジ45フンシュウゴウ。3~4ジマデツリヲスル。ソノヒハモウオシマイ。コレヲイツカカンクリカエス。アトハフリータイム。ホテルノシタハRed salmonノベストポイント。ソコデツリヲシテモイイシネテテモイイ。Redヲツルタメノドウグハ、トオリヲハサンダフィッシングショップニアル。ソコデレンタルデキル。アトハスキナヨウニシナサイ・・・。」

 あとで釣り具やさんに聞いたら「Chickハコノアタリデハベストガイドダ」と教えてくれた。
 Chickと別れたあとさっそく裏のキーナイ川をのぞいてみる。
ホテルのすぐ下でレッドサーモンを釣っていた人が上がってきた。まあまあのサイズのRedを5本抱えていた。「キョウノリミットヲツッテシマッタノデモウオシマイナノダ」と言いながらハラワタをナイフで取り出していた。

 ムラムラと闘志が湧きあがる。
すぐにでも河に入りたかったが、はやる気持ちをぐっと押さえて明日に備えることにした。ここキーナイ川のレギュレーションはRedは一日5本まで。Kingはひとり1本。水面から上げたら釣ったとみなす。そのあと小さいからとリリースするのは違反。30ドルのライセンスにプラス30ドルのKing専用ライセンスが必要。ガイドつきのボートフィッシングは日、月は休まなければならない。King salmonの期間は7月31日(今週末)まで。特にKingは厳しくレギュレーションで縛られている。

 そんな情報を釣り道具屋や本で仕入れ、防寒具その他を買い出しに行き、ついでに釣れた場合にスモークや真空パックや冷凍保存をしてくれる店を確認に行った。Chickの船が出る場所をドライブがてら確認に行って準備万端整った。あとは飯を食って、寝るだけ。チェーンソーで痛めた腰と腕に気休めのシップ薬を貼る。

 ここアラスカはようやく11時過ぎて暗くなる。もう2時を過ぎた。夜の闇の中を河は流れる。まだ眠れない。
              [ 1999年7月27日火曜日深夜 ]
                           ≪続く≫

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