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プロフィール

harry

Author:harry
1951年8月生まれ。獅子座。
AB型。178センチ。70キロ
①.スポーツ&アウトドア
特にサッカーと山と釣り。
登山、ゴルフ、マラソン、カーレース、ウインドサーフィン、クルージング、乗馬などなど。何でもやりたがりでどれもそこそこはこなすが一流には遠い。

②食べる!
作ること、食べること、食べさせることが大好き!「人の生きがいの半分は食に在り」と思っている。阿蘇の山小屋ではピッツァを焼くためのナポリ窯も作った。特にラーメン、うどん、そば、パスタなど麺類には目がない。

③馬大好き!
競馬では100万馬券を何度か的中!過去通算では間違いなく損している?
人生も賭けだけどいざという時には強い。
馬好きが高じて地方競馬の馬主になったことも。
2010年ハヤノ牧場には10年来の夢だった馬が来た。

④時間があればしてること
ジョギング、草刈り、薪割り、伐採、山芋掘り、畑仕事、ログハウスのメンテナンス、木工、音楽を聴く、映画を観る、絵を描く、本を読む。そしてブログを書く。最近は阿蘇の山小屋に行く時間が減ってストレスたまり気味?

⑤好きな作家
もちろん開高健さん

⑥愛犬
ロッキー
アラスカンマラミュート♂
(1999年3月8日生まれ・45キロ)
ルーク
ラブラドルレトリバー♂
(2010年6月18日生まれ・24キロ)


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元祖カツカレー

三越で買い物したあと昼メシは何食べようかと迷いながら歩いていた。「げんかつ」「影丸のラーメン」「ジャポネのスパ」「気まぐれピエロのスープカレー」どれも今ひとつ今日の気分ではない。決まらない。
イメージは「軽めに蕎麦でも・・・」だった。「確か煉瓦亭の近くに蕎麦屋があったな」と思いつつ探し歩いていたら『スイス』の看板が目に飛び込む。僕は「スイス」とか「アルプス」とか言う文字に弱い。
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「チーズフォンデュとかなんだろうな。」と道に出された看板を覗き込むと「元祖カツカレー」と書いてある。洋食屋さんだった。
元祖に惹かれて急にカツカレー食べたくなってきた。昭和23年、常連だった巨人軍の千葉茂さんがカレーにトンカツを載せてと頼まれ作ったのがカツカレーの始まりらしい。

メニューを見たら洋食の定番が並んでいる。メンチカツ、ビーフシチュー、ハヤシライス、オムライス。あれこれ悩んだけどやはりカツカレーを頼むことにした。それも300円高い特製の千葉さんのカツカレー。普通のとどう違うのか聞いたらカツがロースの良い所を使っているので美味しいらしい。
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美味しかった。心配していたほど油がくどくなくてさらっと揚がっている。黒っぽいカレーソースは野菜のエキスたっぷりと言う感じでマイルドな仕上がり。カツはジューシーで旨味がある。「元祖カツカレー」を名乗るだけはある。ここなら油がくどくないメンチカツも食べさせてくれそうな気がする。
もう一度来たいと思った。

「グリルスイス銀座本店」
住所:東京都中央区銀座3-5-16ガス灯通り
電話:0335633206
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ポーク玉子定食

ポーク玉子が時々無性に食べたくなる。
沖縄では日常的にみんな食べているはずなのに那覇の居酒屋やソバ屋のメニューで見たことがない。コンビニのおにぎりコーナーに同名の似たヤツがあるがあれはニセモノ。
沖縄のゴルフ場は基本的に「スルー」と言って休みなしで18ホールを回る。9ホール回ったところにある茶店でこのポーク玉子が置いてあったらとりあえず一個か二個食べる。さらにもう一個テイクアウト。
それくらいお気に入りだ。

①缶詰のポークを5~7ミリにスライスしてフライパンで炒める。
②薄焼き玉子を作りポークと同じサイズに切りそろえる。
③長方形のおにぎりを作る。
④薄焼き玉子を載せポークを載せて海苔で巻く。(巻かなくても良い)
以上が作り方のすべてだ。缶詰ポークの塩味がおにぎりにマッチしていてなんとも言えず美味しい。もちろんポークと薄焼き玉子は焼きたてアツアツでなければいけない。ウチナンチューはチューリップ印の缶詰を最良としている。

去年の那覇マラソンの朝、地元の金城さんが早起きして作ってくれたポーク玉子は美味しかった。家々によって微妙にサイズや味付けが違うと聞いた。沖縄では当たり前すぎて料理ともいえないから店のメニューにないのかもしれない。もしソーキソバ屋のサイドメニューにこのポーク玉子があったら絶対売れると思う。少なくとも僕は絶対注文する。イナリとかジューシーとかあるのに何でこれがないんだろう。

沖縄食堂「でいご」のポーク玉子定食はその点で言えばニセモノだ。缶詰のポークを扇形に切って炒めているのはいいが相方はスクランブルエッグ。それをごはんに載せて食べるとポーク玉子らしき味になるので代用食として食べる。この定食には「半そば」が付いているのが魅力だ。
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沖縄食堂「でいご」のポーク玉子定食
お腹が空いた時はこの半そばでは物足りない。「半そばを大盛りにしてください。」と頼んだことがある。一度断られた。「じゃあ半そば要らないから別に一人前のソーキソバ!」って注文したら「できません!」て断られた。なおも詰め寄ると結局始めの通り大盛りを少し料金割増しで作ってくれた。今日の定食は半そばのスープが塩辛すぎてとても飲めなかった。店員を呼んでスープを飲ませてやろうかと思ったほどだ。
大人気ないのでやめた。

沖縄に行って朝昼晩とポーク玉子&ソーキソバ三昧がしたくなった。

沖縄食堂「でいご」
住所:東京都千代田区丸の内1-11-1 PCP丸の内ビルB1
電話番号:03-6266-0505
営業時間:平日11:00~14:30/17:00~23:00/土日祝日:16:00~21:30
定休日: 元日

夕立と皆既月食

8月28日。
今朝までの累計が170キロ。今月もあと10キロで目標達成。そう思うとなんだか落ち着かないので夜、「まる玉ラン」で10キロ走って一気に達成しようと思っていた。夕方になって「まる玉」が今週いっぱい休みだったことを思い出した。今朝のニュースで今日は皆既月食が観られるらしい。「まる玉ラン」がダメなら「皆既月食ラン」に切り換えようと考えた。

昼間は晴れていたから夜も大丈夫だろうと期待してたらみるみる雲が広がって怪しい空模様になる。19時20分。テラスに降りる。いやな風が吹いている。嵐の予感がする風だ。満潮のせいか隅田川はいつもより水量が多い。風に波が立って今にもあふれんばかりだ。万一の場合避難できるように近場を周回して走ることにした。テラスを往復して聖路加タワーに向かう。

何人かのランナーとすれ違う。悠然とホームレスがベンチで寝そべっている。何組かのカップルが居る。遠くに雷鳴が聞こえる。東北の空が時折り怪しく光る。それでもまだ大丈夫のようだ。聖路加タワーを過ぎて水門まで走る。さえぎるものがないテラスでいきなり雷に遭ったらヤバイ。学生の頃に穂高縦走で雷雲に囲まれたことがある。水平に走る稲光の中で「ジジジー」と鳴り出したピッケルを捨てて岩陰に潜んだことを思い出した。

雷鳴が心なしか近くなってきた。
気が付くと人影もまばらになっている。不安になる。速度を上げる。勝鬨橋まで戻って来たら家路を急ぐ人もたくさん居て少し安心する。まだ4キロくらいしか走っていない。今度はアーケードのある月島もんじゃ通りを走ることにした。あそこなら万一の場合も大丈夫だ。もんじゃ通りの端まで行って戻ってあと300メートルというあたりだった。いきなり近くで雷鳴と稲光。大粒の雨がボトボトと音を立てて降り出した。激しい雷鳴、稲光が続く。間一髪のところでさほど濡れずに家に戻ることができた。
皆既月食どころではなかった。北海道で観測された赤い月をテレビで観た。
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マンションの窓から見る雨。

8月29日。6時半。
昨夜の激しい雷雨で夏が終わったのだろうか。今朝のテラスは肌寒い。空はどんよりと曇ってまるで初冬のパリのような天気だ。湿度もさほど高くないから走りやすい。一緒に走るブラン君もいいペースで付いて来る。今朝のランニングで目標の180キロをようやくクリアした。膝と踵に違和感があって時折りどうかすると痛みもある。走れないほどではない。5月中旬に本格的に練習を始めて3ヵ月半。カラダは目に見えて締まってきたが走力がどのくらい付いたのかは分からない。

このまま練習を続ければフルマラソンで歩かずに完走できるようになるのだろうか?時折り疑問を持ってしまう。昨年の那覇、今年の東京マラソンとどちらも35キロ地点くらいで足が終わってしまった。動かない足を叩きながら走ろうともがいた。ココロは折れていなかったけどカラダが付いて来れなかった。なんとかその雪辱を果たしたい。

僕が走っているのはレースに出るためではない。レースに出て記録を更新したりすることが目的ではない。むしろレースに出るのは好きじゃないから色々と誘われるが断ってきた。
もう一度パリダカに出たい。
いつかエベレストに登りたい。
その時のために現在の体力を維持していたい。それが目的だ。
僕がレースに出るのは折れないココロを持ち続けることができるかどうか試すためだ。

一年に一度その年の決算のつもりで12月に開催されるホノルルと那覇マラソンを交互に走ってきた。今年も12月の那覇マラソンにエントリーした。今年こそ歩かずに最後まで走りとおすことができるだろうか?
このまま練習していればそれが実現できるのかどうかはやってみないと分からない。走った距離は裏切らないと言うがどれだけ走れば裏切られないのだろうか?

あと那覇マラソンまで3ヶ月あまり。
来月は目標を200キロに上げてチャレンジを続けていこうと思う。




唐そば

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まだ北九州八幡の黒崎に店があった頃、評判は聞いていた。そのうちにと思っていたら閉店してしまった。渋谷にあるらしいと聞いてはいたがあえて探してまで行こうとも思わなかった。付き合いはしてなかったけど名前は以前から聞いてましたという程度の知人。渋谷の町でそんな知り合いにばったり会ったのがこの「唐そば」。10年以上前は仕事の関係でよくこの辺りには来ていた。目立つ看板だからその頃からあれば気付いていたはずだ。それもそのはず渋谷に店を構えたのは1999年ことらしい。

その評判だった「唐そば」のラーメンをやっと食べる機会ができた。少しワクワクしながら店に入る。少し時間をはずれていたとは言えカウンターにお客がひとりぽつんといるだけ。少し拍子抜けする。気を取り直してラーメンを注文。
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豚骨ベースのスープ。中細のメン。丸いチャーシューが二きれ。もやし、きくらげ、万能ねぎが入っている。スープを飲む。マイルドであっさりしている。舌の奥に引っかかる微妙な臭み?違和感?が残るのが気になる。麺は北九州に多い中細麺。すこしやわめ。ばら肉を丸めて煮込んだチャーシューは周りに脂の層がぐるりとあってこれは美味い。
このラーメンは北九州の評判店「月天(げってん)」のラーメンに似ている。

「月天」もまさにそんな店だけど、昼どきについ足が向いてしまうような日常的な町のラーメン屋の味。嫌いではないがインパクトには欠ける。わざわざ出かけていくまでもないし行列に並んでまで食べるラーメンではない。近くに来たなら寄ってもいいかなという感じのラーメン屋だ。ガッツり派の九州の人間には物足りないかもしれない。
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「唐そば」
住所:東京都渋谷区渋谷2の22の6三信ビル1階
電話:03-3486-0147
営業時間:午前11時~午後11時
定休日:無休

長良川

先週末は高校の同窓会総会で岐阜に行った。
早朝の新幹線で岐阜に入り、同級生仲間とゴルフをした。夕方はホテルのすぐそばの長良川沿いを走ることにした。都ホテルを出てとりあえず目標もなく走り出して鵜飼の乗船場に向かう。途中長良橋の上から西の伊吹山の方を見ると高い空に夕焼けに染まった筋雲が浮かんでいた。
ゴルフをしていた昼間はまだまだ猛暑という感じだったけど秋は確実にそこまで来ている。
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戻って長良川の河川敷に作られた尚子ロード5キロを走る。夕方になってしのぎやすくなったせいかランナーや犬の散歩をする人たちが予想外にたくさんいた。平坦な尚子ロードを1キロ5分半前後のラップで真面目に走った。ちょうど5キロ走り終えたところで友人から電話がかかってきた。
「今どこ?」
「はぁ、はぁ、いまっ、はぁ、尚子ロードっ!」
「ええっ?走ってるの?飲み会じゃなかったの?」
「店まで走っておいでよ。ビールくらいゴチソウするよ。」
友人は長良川の上流にある鵜飼大橋の近くでステーキハウスを経営している。すぐ近くだと言うので行くことにした。

河岸の遊歩道には四角い照明が灯されてなかなか風情がある。鵜飼見物の船が集結している横を「踊り船?」がゆっくりと下っていく。五木ひろしの「長良川艶歌」の音楽にあわせて何人か踊っている。まだ鵜飼の船が下りてくるのには早いようだ。船上の宴会の賑やかな嬌声が川面を渡って聞こえてくる。

二年ほど前、取引先との懇親会で鵜飼見物の船に乗ったことがある。岐阜に縁がありながらそれが最初で最後の鵜飼だった。
鵜匠に操られた鵜たちが巧みに鮎を捕獲する。篝火に照らし出されたその風景は華やかでありながらどこかもの哀しい。繋がれた鵜の心境を思ってしまうからなのか、あるいは芭蕉の「おもしろうてやがて悲しき鵜飼かな」という俳句が頭にあるからなのか。鵜飼は夏の風物詩というより夏の終わりを思わせる情景だと思う。

高校の時この長良川で溺れそうになった。予想外の急流に入ってしまって足がつって流された。必死で橋桁に摑まろうとしたが苔で滑ってさらに深みに沈んだ。水をしこたま飲んだ時はもう死ぬんだと思った。気が付いたら浅瀬に運ばれて助かっていた。
それ以来長良川では泳いでいない。

そんなことを思いながら走っていたら店に辿り着いた。
予想以上に大きく格調高い店構えだ。恐る恐る背の高いドアを押してみる。すぐにレジに居た友人が気づいてくれて中に入れてもらった。カウンター席で水をもらう。テーブル席ではカップルが美味しそうにステーキを食べていた。いい匂いがしている。急に腹が減ってきた。「外でみたメニューの載っていたハンバーグが食いたい。ステーキカレーも美味そうだな。」と思ったけどこんな汗まみれのランニング姿で長居はできない。早々に失礼した。明日は年次総会の後、この店で学年の同窓会を開くことになっているのでそのときの楽しみにとっておくことにする。

店を出て再び走る。鵜飼の船がようやく下りてきたみたいだ。船上の観光客は鵜飼を観て何を思うだろうか。ホテルまでまたさらに2キロ。結局10キロのランニングとなった。

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翌朝。5時半に目が覚める。窓のカーテンを開けるとまさに太陽が山の端から顔を出して昇ろうとしている時だった。せっかく目が覚めて早起きできたんだから暑くならないうちに走ることにした。河川敷の尚子ロードに直接降りてまずは片道2.5キロを走る。今朝は足も張っていたので無理せずゆっくりモードだ。夕方よりも朝のほうがきつい。忠節橋まで走って対岸に渡る。対岸を長良橋まで戻り金華山公園のところにあるファミリーマートで水分を補給してホテルに戻った。
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尚子ロードにある高橋尚子の足型と靴のレリーフ。


9時にホテルのバイキングで朝食を取りながらミーティングの約束をしていた。早起きしたものだから1時間以上時間がある。昨日はゴルフ場でラーメン。夕食も結局は近くの高山ラーメンだった。ろくなものは食べていない。よほど先に行って食べていようかと思ったけど我慢した。
普段朝飯は食べない。こうして旅行に出かけてホテルに泊まったりした時だけは何故か朝飯が食べたくなる。

目玉焼きを二つもらって、フレンチトーストふた切れとソーセージを二本。手作り豆腐。茶そば。味噌汁。納豆。のり。焼き魚。半熟の目玉焼きをごはんに載せて醤油を少しかけて食べる。卵かけごはんの変形バージョン。フルーツ。珈琲。
バイキングだとつい欲張って食べ過ぎてしまう。「元を取らなくちゃ」という意識がどこかで働く。そのくせ食べ過ぎると数時間は胃が張って苦しくて思考能力がなくなる。胃を切除したことに関係あるのかないのか30年近く経った今でも悩まされている。

同窓会総会が終わり引き続き学年同窓会に出席する。あらためて見るとみんないい歳になった。とりわけ頭髪と腹の格差は年々ますます拡大しているようだ。恩師の先生方との距離は逆に年年歳歳縮んで行く。見た目の変化ほどにみんなの気持ちが高校時代から進歩していないのが面白い。同窓会の日に限ってあの日に戻ってしまうのかもしれない。あっという間に3時間あまりが過ぎる。夕闇の中にまた今日も鵜飼の船が浮かぶ。名残りを惜しみながら再会を約して閉会となった。

夏の終り

8月23日。6時半。テラスに降りたら雨が降ってきた。そのせいか昨日までの猛暑が嘘のような涼しさだ。どうせ汗で濡れるのだからと雨も気にせず走る。ブラン君が待っているはずだから少し急がなくちゃと思って速度を上げる。佃島の住吉神社を通り抜けて灯台トイレの前に行ったら誰もいなかった。「雨で今日は休んだかな、それとも先に行っちゃったか。」と思いつつ少し速度を上げて相生橋に向かう。コーナーを曲がったらブラン君の後姿が見えた。頑張って追いついてしばらく追走するが気づかない。結構速いペースで走っている。

「速いよ!もっとゆっくりでいいよ。」と声を掛けたらびっくりしながらやっと気づいた。先週は川面を照り返していたギラギラした太陽もない。舗道からの熱気もなくて涼しい風が川を渡ってくる。
「今朝は涼しいねえ。気持ちいいっ!」
「暑くないとこんなに走りやすいんですね」
「そうだね。秋になればもっと走りやすくなるよ」
少し走っただけで額や顎から滴り落ちていた汗も今朝はそんなに出てこない。シャツも何日か前はぐっしょり濡れていたけど今日は吹いてくる風ですぐに乾いた。

ひまわりが重たい種をぎっしり詰め込んでうつむいていた。
心なしかせみの声も静かになったような感じがする。

「夏も終わりだね。」
「ついこの前まであんなに暑かったのにね。」
どんなに異常気象でもお盆が過ぎれば夏は峠を過ぎる。
「ワーシワシワシ」と夏を謳歌していたクマゼミに替わってヒグラシの鳴き声が耳につくようになる。
「カナカナカナカナ・・・」
夏の終わりを告げるように余韻を残す鳴き声。

地上に出てからの短い命を終えたアブラゼミが舗道にポツリと落ちていた。
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大自然の中で暮らしたい~その10

第10章『流しそうめんと遊水峡』
8時半起床。深夜の流れ星見物で起きるのが遅くなってしまった。朝メシを食べに岡本豆腐に行く。昨夜のお風呂のお礼を言う。10時半にブランファミリーとその従兄弟一家、それにハナちゃん、みずきたちがやて来るのであわてて戻る。
草刈りもしなくてはいけないけど今日のお昼のために流しそうめんの準備をしなくてはならない。戻ってぐずぐずしていたら前後してみんながやってきた。大人9人、子供6人の総勢15人+ロッキーと山小屋は急に賑やかになった。

モンブランとその従兄弟とUkの4人でまず竹の伐り出しに行く。そこに行くまでの道が草で埋まっているので刈り払い機のエンジンをぶん回しながら行く。なかなか進まない。ようやく竹が生えている地帯まで刈り進むがどうしたわけかいつものところに太い孟宗竹がない。
枯れた竹やぶをかき分け進んでいたら右手の人差し指に激痛が走った。
ブーンと羽音がした一瞬またスズメバチかと思ってその場を逃げた。知らず知らずのうちにスズメバチの巣に接近していたのかもしれない。ところが何も追いかけてこない。どうやらアブだったらしい。少し安心したけどそれでも痛いのは痛い。激痛をこらえながらさらに奥に分け入って行くも太い竹は一向に見つからない。

絡み合う竹やぶを抜けたらちょうどポンプ小屋の対面あたりに太い竹が見えた。何年か前に山芋を掘っていたら上からイノシシが転げ落ちてきた場所の近くだ。
「なーんだ。こんなことならこっちからくればよかったのに」
「アブには刺されるし、時間は食うし・・・」とブツブツ言いながら手ごろなサイズの竹を伐り出した。

持ち帰った孟宗竹を鉈とハンマーを使って半割にする。中央に鉈をあて上からハンマーで叩けばきれいに割れる。節目をノミやハンマーで落としサンダーで滑らかにする。小さい子も居るので竹のささくれが刺さったりしたら怪我をするので丁寧に仕上げる。
細いほうを上流に太いほうを下流に置いて流しそうめんの竹樋をセットする。試しに上からホースで水を流してみる。水が勢い良く流れ過ぎてはそうめんをうまくキャッチできない。なるだけゆったり流れるように角度などを微調整して出来上がり。時間はお昼を回っていた。竹やぶの脱出に苦労させられて思いのほか時間を食ってしまった。

子供たちを樋沿いに並んで座らせて「流しそうめん」いよいよ開始。ボールから取ったそうめんをひとかたまりづつ次々に流す。タイミングが悪いと誰もキャッチしないまま下まで流れて行ってしまう。下に受けたそうめんはまた戻してもらって循環させる。あまりゆっくりだと上手の人ばかりがキャッチして下手まで回らない。みんなの食べ具合を見ながらそうめんを入れていく。流しそうめんにもコツと年季が必要なのだ。
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【薬味】しそ、ネギ、ショウガ等。ゆず胡椒が好き。

夜はあんなに涼しかった山小屋も昼間は暑い。風もあまりない。日陰に入るとさすがにしのぎやすい。何か食べる時は必ず出てくるロッキーも暑さに参ったのか涼しい日陰から出てこようとしない。
それでも残ったそうめんを持って行って高いところからぶら下げるように口に入れてやるとおいしそうに食べた。

流しそうめんセットを片付けたあとは子供たちを連れて近くの遊水峡に行くことにした。ブランと従兄弟は残って草刈りをしてくれると言う。と言うわけで総勢13人と1匹で3年ぶりに遊水峡を訪問。お盆休みの猛暑日とあって遊水峡は大勢の人で埋まっていた。入場料と駐車代を払っていると何日か前に犬か噛み付く事故があったらしく「犬は川に入れないでください」と注意された。オオカミのようなロッキーを見てコレは危ないと思ったらしい。川に入れることと噛み付くこととは無関係なような気もする。「犬を放してはダメです。」と言うのならまだ理解できる。

逆らうわけにも行かないから川に入りたがるロッキーを制止しながら上流に向かう。それでも少し歩いていくと人もまばらとなってロッキーもようやく水に入ることができた。遊水峡は川床が大きな石でできていて浅くて天然のウォータースライダーになっている。サトーさんの従兄弟にあたる人が自力でコツコツと10年かけて開発してきたキャンプ場だ。小さい頃遊んだ思い出の場所で子供たちを遊ばせたいという思いで作ったそうだ。

最初は濡れるのを躊躇していた子供たちもところどころにできている小さな滝つぼに飛び込んだりしてびしょびしょになって遊んだ。
UKと僕は帰る間際になって不用意に転んでしまった。二人とも携帯をポケットに入れたままだったから一瞬にして通話不能になる。電池をすぐに取り出してティッシュや何やらで水気を取って山小屋に戻った後はドライヤーで乾燥させて復活を試みる。UKの携帯は処置が間に合わなかったようで死んでしまった。僕は電源を入れないままひたすら乾燥させる。翌朝何とか奇跡的に回復したが電池の消耗が極端に早くすぐにアウトになってしまう。何とか使用はできるので滞在中は凌ぐことができた。

3年ほど前の夏のことだ。サンセットクルージングをするというので呼んだS女史が購入したばかりの携帯電話を持ってきた。出航前の桟橋で新型携帯の機能説明をしていたら手元がすべってなんと海中に転げ落ちてしまった。上からゆっくりと沈んでいく携帯をみんなで見送った。試しに電話をかけてみたら最初の何回かは呼び出し音が鳴った。そのあとは「電波が届かないところにあるか電源が切ってあります。」というアナウンス音だけが返ってきた。電波が届かない10メートル以上の海中に在って水が入って電源も切れてしまっていたのは間違いない。「あれに較べたらましだったな」とふと思い出した。






陣馬山登山

8月19日。
「サマートレッキング体験in陣馬山」と銘打ったチャリティ・イベントに参加した。
前泊した朝の山中湖からは雲ひとつない富士山が見えた。今日も猛暑日となるようだけど雨で苦労するよりましかもしれない。
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児童養護施設「中心子供の家」と「里親の会」の子供たちを連れて登山をする。子供達と付き添いの大人合わせて総勢約100名が幾つかの班に分けられた。「中心子供の家」には親のいない児童や虐待を受けて親から捨てられた児童50名が生活している。彼らの中にはタバコの痕が残る子も居る。

このイベントは施設の子供達に夏休みの思い出を残すため、そして彼らが施設外の大人との触れ合いを持つことで彼らの「人を信じる事、自分を信じる事」ができる経験のお手伝いができればという思いから始められた。

昨年の丹沢登山以来子供達に久しぶりに会った。ずいぶん大人になった子もいるし、相変わらず甘えん坊だったり、人の話を聞かなかったり、話しかけても無視したり様々だ。専従の職員の人たちは分かっているんだろうけれど、こうやって一年に一度しか会わない僕らにしてみれば彼らとどう接して良いかが分からない。普段厳しい生活をしているはずだから今日くらいは甘えさせてやってもいいのか、それとも親の居ないことを逆手に取る子も居るから時には厳しくすることも必要なのか。

去年の丹沢では主に低学年の子供たちを何人か先導して登った。ひとり女の子のような可愛い男の子がいた。
「疲れたあ。抱っこして」
「ダメだ。まだ歩き始めたばかりだよ。頑張れ。」
「もう頑張れない。」
「じゃあこうしよう。あそこの大きな岩まで登ったらおじちゃんが10歩分抱っこしてあげる。」
「うん。わかった。」元気よく歩き始める。可愛い。
約束どおり抱いてあげるとぐっとしがみついてくる。日ごろ抱っことかされたことがないのか。いとおしい。十歩数えて降ろそうとするとしがみついて離れない。かわいそうだと思うけどこの子を抱いたまま登り続けるだけの体力はない。
何とか言い聞かせて歩かせる。その後何度か抱いたり歩かせたりして頂上を目指した。その子は今年は来ていない。この一年間でどうなったんだろうか?親が引き取りにきたのか、どこか遠くの里親にもらわれていったのか、それとも施設に引きこもって参加しなかったか。

今年は「里親の会の子供たち」と「南学級の子供たち」のグループの面倒を見ることになった。元気のよさそうな男の子。少し知恵遅れ気味の子。大人しそうな女の子。
まずは子供たちの名前を聞いて覚える。呼び捨てで指示命令をする。そうすることで誰がリーダーかを理解するし距離感もぐっと縮まる。
地元の藤野町山岳協会の方を先導に沢井小学校を9時15分出発した。

「いいかあみんな。おじさんより前に出てはいけないぞ」
「走るなっ!」
「速い!もっとゆっくり!」
「こらこらっ、石を投げるな。危ないだろ。」
「下を歩いている人に当たったら大変なことになっちゃうよ」
「こらっ押さない。喧嘩しない。」
「そこ滑るから気をつけて」
「ぐらぐらする石には乗るなよ。転んで足挫いたりするからね。」
「大丈夫か?きつくないか?」
「のど乾いたら水飲めよ。」

連日の猛暑日。森林を縫う一の尾根登山道は直射日光は当たらないまでも暑い。顎から汗がポトポトと滴り落ちる。山岳会の人は平気だろうけど初心者も多いメンバーだから30分ほど登ったところで休憩を取ってもらう。テルモスに入れてきた冷たいスポーツドリンクを子供たち何人かに分ける。あまり休むと後が苦しくなるから5分ほどで出発することにした。

南学級のK君がブツブツ独り言を言いながら先に行こうとする。
「ダメだよ。おじさんより先に行っちゃ」
「はーい。」
意外に素直に聞いてくれる。手を繋ごうとする。手を繋ぐと腕にしがみついてくる。不安なんだろうか?そうかと思うとまたさっさと行こうとする。
「K君ちょっと待って!みんなを待ってあげないと小さい子なんかはまだ準備できてないよ。」
「大きな声でみんなに行くよーって言って。」
彼が大きな声で「みんな行くよぉ~!」と呼びかけると何人かから「はーい。」と返事があった。彼はそれを聞いて嬉しそうに笑った。

通常1時間半くらいのコースだったが2時間半くらいかけてゆっくり頂上をめざす。かなりバテていた子供達も最後まで頑張って頂上の白馬の像にタッチした。頂上では藤野凧の会の有志が連凧を揚げる準備をしていた。冬場は強い風が吹いてグングン上がるらしいが今日は風が今ひとつらしい。250枚くらい用意した凧をなんとか揚げようと糸を引いたり出したり苦労している。突然いい風が吹いてきて落ちかかっていた凧が空高く舞い上がった。ここぞとばかりに凧をドンドン出していく。
糸を持たせてもらうとびっくりするくらい強い力で引っ張られる。うっかりしていると空中に引きずりこまれるような感じだ。あっという間に先頭の凧は雲の中に消えていってしまった。くねくねと舞い上がるその姿は空を駆け巡る龍のようだ。映画「千と千尋の神隠し」の「白龍」を思い出した。
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1時間ほど頂上で休んで栃谷尾根コースを降りる。登りより下りのほうが問題が多い。分岐点を間違えれば違う谷や尾根を下ることになって迷子になってしまう。下りはついスピードが出てしまうから転びやすい。浮石を踏んで転んだり、落石を起こしたりしがちだ。体力がある人間とそうでない人間の差が出て隊列が乱れる。30人くらい居れば3つくらいに分断されてしまう。ひとりが居なくなっても気づくのが遅れてメンバーの所在が把握できなくなる。グループ登山の遭難はこういう時に起こる。

何度か分断された前列と遅れた後列を往復する。前列にはゆっくり行くように、後列には少し急ぐように指示をするがなかなか縮まらない。
先頭を山岳会の方に任せて分岐点で後列を待つ。15分から20分ほどの差が出ている。施設の子がひとり歩きたくないわがままと足を傷めたのとで遅れが出てしまった。それでも昨年の丹沢ほどの長い行程ではないのでなんとか無事に全員が下山することができた。

沢井小学校の校庭の鉄棒とハント(攀登?)棒にチャレンジする。僕は順手の逆上がりができないまま小学校を卒業した。それ以来の挑戦だったかもしれない。緊張したけど一発でクリアできた。ハント棒の攀じ登りも簡単にクリアする。嬉しくて何度も登った。あの時2だった通信簿も今なら5がもらえるかもしれないな。
地元の方が用意してくださった「冷やし椎茸うどん」がおいしかった。
余るのを期待していた。4杯半も食べたのはたぶん僕だけだった。

帰り際にK君のご両親から何度もお礼を言われた。K君も小さな声だったけど「ありがとうっ!」と言ってくれた。何人かの子供たちは千切れるように手を振ってくれた。
たった一日だけ、そしてコレだけのことしかできなかった。でもK君をはじめとして子供たちにはちょっぴりだけどいい体験をさせてあげられたと思っている。こんなことで良いのなら来年もぜひみんなと一緒に一日を過ごしたい。

大自然の中で暮らしたい~その9

第9章『流れ星』

今年から会社は「お盆の休み」がなくなった。代わりに個々人で適当な時期を選択して5日間の夏休みを取るように決めた。お盆の時期は航空運賃も割引がなく高いし、混んでいて帰省する気にならない。
どうしようかなと迷っていたらUKファミリーが山小屋に行きたいと連絡してきた。
それならばと15日から3日間をヤマちゃん、ハナちゃん、モンブランさん達に声をかけて山小屋で夏休みを過ごすことにした。

14日夜九時半。博多の元祖長浜屋で待ち合わせをする。一足先に到着したUKファミリーはオーノ夫妻のご招待で寿司屋で豪華夕食。何も食ってない僕はせめてラーメンでも食っておかねばということでここにした。替え玉を食っていると入り口の外でUKと息子のRy君とオーノ夫妻の姿が見える。みなみさんと娘のRiちゃんは姿が見えない。四人がチケットを買って入ってきた。確か羽田でカレー食って、さっきまで寿司屋に居たはずではないか。通称冷蔵庫モンスターのオーノ君ならまだ食えるのは分かるけど。UKは「ここまで来て食べないわけにはいかない。」羽田でラーメンを食べたはずのRy君も「ラーメンなら入る」と言いながら張り切っている。
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結局UKとオーノ君は完食して「苦しい!もうだめ!」とか言いながらクルマに乗り込んできた。仕事の都合でオーノ夫妻は今夜は来れないからそこでお別れをする。そんなこんなで予定より少し遅れて博多の街を後にする。日田のスーパーで買い物をしてようやく広域農道に入り山小屋へ向かう。

高度が上がるにつれ気温は下がって涼しくなっていく。街から遠く離れると光源が少なくなるから夜空の星がみるみる増えてくる。窓の外にちらちら見える星があまりにもきれいだったから亀石山の峠のところでクルマを止めた。
ヘッドライトを消すと月のない空一面にびっしりと星がばら撒かれている。都会では見えない山の端すれすれの低いところにも星が瞬く。
「流れ星見えるかな?」
「そういえば今年はペルセウス座流星群が13日から14日にかけて極大になるって言ってたね。今夜あたりも見えるかも。」
「早く行って流れ星を見つけよう」

山小屋に着いたのが23時過ぎていた。昼間岡本豆腐の社長にあらかじめ電話で「到着が深夜になるけん風呂に黙って入れてもらうよ」とお願いしておいた。寝静まった宿泊客や従業員の邪魔にならないように静かに露天風呂に入れてもらう。ちょっと前まであの東京の喧騒と埃の中に居たのが嘘のような異次元の世界だ。聞こえるのはジョボジョボと竹の樋から落ちるお湯の音とジージーリーリーと鳴く虫の声だけだ。
「はぁー、ふーぅー」というタメイキがその静寂を破る。カラダの表面の埃を洗い流したら何だかココロの中まできれいになったような気がする。
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山小屋に戻って電気を消してテラスに出る。時折り吹いてくる夜風が心地よい。空を見上げると天頂近くに天の川が大きくはっきりと横たわっている。
「天の川の真ん中に東に向かって横たわっている大きな十字架が分かるかな?あれがハクチョウ。そうあの明るい星がデネブでハクチョウのお尻。そのちょっと先に左右に広がって並んだ星があるだろ。あれが羽。そして少し離れたところにある明るい星が頭。」
「ああっ!分かった!」
「あの明るい星が琴座のベガ。たなばたの織姫だよ。そして天の川を挟んで南側の三つ並んだ星が見えるかな。あの真ん中が明るいヤツ。あれがワシ座のアルタイル。彦星。」
「南の木の上の低いところに赤い星があるだろ?あれがさそりの心臓のアンタレス。斜め上に三つ並んだ星がさそりのはさみ。下のほうは見えないけどもう少し早い時間だと大きなS字が見えるよ。」
「西の明るい星は?」
「たぶんあれは木星だ」
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そんな星座の基本の解説をしていたら突然Ry君が叫んだ。
「あったー!」
「どこ?どの辺だった?誰か観た?」
「誰も見てないから却下。無効!」
「ええっ!」
「気のせいっ!見ま違いっ!」観てない3人は大人気ない。
「こうしよう。ひとりしか観てない場合は無効で却下。二人なら効果。三人で技あり。四人以上が確認した場合は一本」とUk。
「はぁ?柔道じゃないんだからねえ」とみんなが笑う。

「一箇所だけを見ていないで、何となく空全体を観るともなく・・・」と見つけ方を説明しかけたら今度は三人がほぼ同時に叫んだ。
「あっ!」
「あった!あった!」
「観た!観た!」
「えっどこどこ?」と聞いたって流れた後だ。ボクだけみていない。
「三人だから技ありぃ!」とUKが言う。悔しい。
みなみさんが部屋に居たRiちゃんを呼びに行った。眠い目をこすりながらしぶしぶRiちゃんも出てきた。
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まだ一個も観ていない僕は気を取り直して椅子をテラスの前方に移す。タバコに火をつけようとライターを探すために一瞬目を離した瞬間。
「あっ!」
「あった!」
「あった!あった!」
「観た!あの木の上からひゅーんと」
まただ。僕だけみていない。他の四人全員が観たから文句ナシの一本だ。

5年前のしし座流星群を思い出した。あの時は明るくてでかい流星が天空を縦横無尽に駆け巡った。ひときわ明るい流星が北の空から南の端までロケット花火を飛ばしたように走ったのは今でも強烈に覚えている。その瞬間まるで稲妻のような閃光が走った。一瞬辺りが明るくなってみんなの顔が見えるほどだった。
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何度か技あり、有効の流れ星が来た後、しばらく沈黙が続いた。みんな黙って空を見上げ続ける。
「あっ!」その声しか出なかった。5年前のしし座流星群クラスの太くて長い流星が光跡を残しながら走った。
「あった、あった!」
「観た。観たよっ!」
「大きかった。」
「願い事するの忘れたぁ。」
「今までで一番大きかった」
「すごかった!」
眠そうだったRiもRy君も三人の大人もわいわいがやがや興奮が醒めない。
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ペルセウス流星群は毎年この時期になると多かれ少なかれ観測できるそうだ。カシオペアのやや左下にあるペルセウス座を放射点としながら大小の流星が走る。建物の北東にあたるのでテラスからはペルセウス座を直接観ることはできないが流星は天空全体に走るのでどこからでも観ることができる。
大きいの、小さいの、ひとりしか観なかったので却下されて無効になったヤツ。全員で観た超でかいヤツ。光跡を残しながら夜空を流れた。一時間くらいの間に幾つもの流れ星が現れた。

しばらくの沈黙の後「明日も早いしそろそろ寝ようか」と僕。
深夜も二時を回っている。みんな後ろ髪を引かれながら部屋に戻った。
ベッドの横の小窓から小さな空が見える。
興奮してなかなか寝付けない。
「あっ!」細くて小さな流星が見えた。
僕は「却下!」と胸の中でひとりつぶやいて微笑んだ。
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GPSRUN600キロ達成!

5時半起床。雲の中に隠れてはいるがすでに太陽は上がっている。
先週末の日曜日に炎天下の中、恒例の高校時代のサッカー部OB戦に参加。久しぶりに2試合やってきた。その筋肉痛がまだ治まらない。
脹脛、腿、股関節とあちこちがギシギシ鳴っている。じっとしていればどうってことないんだけど動かせば痛い。昨日より痛みが増しているような気さえする。外に出ると風もなくモアッと蒸し暑い。同じ暑さでもじりじり照りつける太陽のほうが好きだ。いつものようにアディダスのGPSランを開くとなんとあと5キロで600キロになる。足を庇いながら何とか目標を今日中にクリアしようと頑張った。 

6月2日にADIDASの『Imposible is nothing!』キャンペーンGPSRUNに登録していた。GPS付き携帯を持って走れば自動的に距離と時間が記録されるので便利だ。登録して2ヶ月半の今朝、目標を達成した。GPSなどの測定誤差もあるので実際の距離とはかなりの差異がある。地図上で正確な距離を測ってみると実際の距離は記録される距離の約80%くらいに相当する。だから実距離は500キロ弱だけど目標達成するのは気持ちが良い。携帯のGPSRUNの画面もゴールドに変わった。

みなみさんのコメントに刺激を受けて昨日ビッグカメラでオムロンのカラダスキャン買ってきた。今朝の数値は以下の通りだった。これで良いのかどうかはよく分からないが標準以下ではあるらしい。
一ヵ月後にこの数値がどう変化するか楽しみだ。

体重:70.8kg/体脂肪:17.3%/体年齢:44歳
BMI:22.5/基礎代謝1647Kcal/内臓脂肪レベル8
皮下脂肪率:12.2%/骨格筋率34.5%

真夏の夜の夢

8月11日。今日は第20回東京湾大華火祭。
Tちゃんの勤め先のご招待で竹芝桟橋の海に面したホテルから観ることができるらしい。花火大会とかいうとあの人の群れを想像しただけで疲れが出そうなので最初は行かないつもりだった。5年以上も単身で東京に住みながら何故か毎年この日は東京に居なかった。だから花火は一度も観たことがなかったから一度くらいは観といてもいい。

「ゆっくり観れるのだったら」とお世話になることにした。「まる玉ツアー」に参加したみなみさんのファミリーも誘った。三越の地下で「今半」の牛玉弁当、牛メシ弁当、「まい泉」のカツサンド。そのほか、焼き鳥にプリン、珈琲ゼリーなどを買い込む。浴衣を着て下駄を履いて外に出ると勝どき周辺は大変なことになっている。晴海会場に向かう人・人・人の群れ。地下鉄の駅も大混雑。浜松町周辺も大混雑。昼間の熱気がまだ残っていてムシムシと湿度も高い。「やっぱり止めとけばよかったかな。」ちょっと気持ちが萎え始めていた。

通された部屋からは真正面にレインボーブリッヂ。真下の竹芝桟橋にはうじゃうじゃと人が居るがここは別世界。冷房も効いていて人数もさほどたくさんではなくゆったりと落ち着いている。海を眺めるとレインボーブリッジと晴海埠頭のちょうど中間あたりに花火の打ち上げ場が浮かんでいる。その周りを警戒の船が囲み、遠巻きに見物の船が群がる。
絶好のビューポイントだ。
夕闇迫る海を見下ろしながら椅子にかけてのんびりと弁当を食べる。
まだ打ち上げまでには1時間以上ある。贅沢な待ち時間。
「これならいいかな」とまたモチベーションが戻ってくる。
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いつの間にか闇が辺りを包んでいた。いきなり「ヒューン、ドン」と花火が始まった。次々に繰り広げられる音と光の饗宴。何分かおきに大きな一発が打ち上げられる。低い場所で小さいのが連発で打ち上げられた後「ヒュ~~ン。」という音とともに丸い光が長い尾を引きながら暗い空に上昇していく。一瞬消えたかと思うその刹那、大輪の大きな花を咲かせる。思った以上に大きな広がりを見せてあっという間に消える。
思わず全員がため息をつきそして拍手をする。
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3階のテラスに降りてみる。17階の部屋で聞こえた音の何倍もの大きさで「ドンドン、ドーン」と花火が上がり「ズンズン」と振動が体に伝わってくる。熱気、粘りつくような空気、火薬の匂い、「下がってください。ここは○×△!」拡声器のけたたましい音。これが本当の花火大会なんだ。これでは10分と持たない。早々に上に逃げ帰る。

携帯できれいな瞬間を写そうと何度もトライするが思いのほか消えるのが早い。巧いタイミングでなかなか写真が撮れない。1万2000発の大花火大会は一時間ちょっとで終わった。どこで終わりなのかは分からない。最後の花火が上がって1~2分。もう何もないとわかってやっとみんなから拍手が湧いた。花火大会の花火は一発平均5万円と言う話を聞いたことがある。とすれば今日の花火の値段だけで6億円。警備の費用やら会場の準備やら入れるとその費用は20億円はゆうに超えているはずだ。

無駄といえば無駄とも言える。歴史を紐解くと両国の川開きの花火大会(今の隅田川花火大会)の起源は享保年間に遡る。享保の飢饉で亡くなった人の供養や疫病退散を祈願して花火は打ち上げられた。夏の夜空に大きくきらびやかに開く豪華さと一瞬にして消える儚さ。にんべんに夢と書いたら儚い(はかない)という字になる。真夏の夜に咲く夢も一瞬にして消える儚いものだ。芭蕉は「鵜飼」を観て「おもしろうてやがてかなしき・・・」と詠ったが花火にも通じるものがある。

「亡くなった人々を思いつつ生きている喜びを感じる。」
だから人々は花火に魅かれるのかも知れない。

蒸し暑さと喧騒の中を勝どきの家に地下鉄で戻る。地下鉄は逆方向ということもあってか拍子抜けするくらいに空いていた。地上に出ると人の波が押し寄せる。疲れきった足取りで移動する人の群れ。地震の避難民をつい連想してしまった。警察官に誘導されながら晴海通りを延々と移動する。規制で動かないクルマ。たまらず鳴らされるクラクション。
肩がぶつかっても誤らない無礼な若いヤツ。「本当の地震の時はもっと血走って大変なことになるんだろうか」などと花火とは無関係のことを思いながら家に戻った。勝どきから我が家までわずか数百メートルの行進でどっと疲れた。
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真夏の「まる玉ランニングツアー」

8月11日土曜日。10時半集合。温度35度。太陽ギラギラ。熱中症確率50%以上。この過酷な「真夏にまる玉まで走って行ってラーメン食うぞ!ツアー」に参加してきたのはみなみさん、Tちゃん、Sちゃんの3名。すでに気温は30数度まで上がって直射日光の当たる舗道上は照り返しでおそらく45度を超えている。それでも隅田川テラスに降り立つと川面を渡る風に冷やされて少しはしのぎやすい。

特にランニング初心者の二人が熱中症にならないようにケアしながら超スローのペースでスタートする。日陰と日向では5度以上気温も違う感じだがすでに日が高く上がって日陰の部分が少ない。直射日光が当たるとじりじりとした熱を感じる。できるだけ木陰を選んで走る。2キロほど行ったところで早くもSちゃんが遅れだす。持参しているスポーツドリンクを飲むように指示する。

あまりペースが変化するときつい。できるだけ一緒に行けるようにさらにペースを落とす。それでも500メートルくらい進んだところでSちゃんが遅れ始める。日ごろあまり走りこんでいない上にこの暑さだからバテるのは当然だ。中止させて家に帰そうかとも思ったけどここまで来てるのにそれも可哀想だ。もう少し様子を見ることにする。相生橋を渡り越中島の中ほどにあるトイレで休憩を取る。ここまで4.5キロ弱。やっと半分というところ。あまり休むとかえってきつい。首筋を思い切りつけたい水で濡らしてやったらS、Tの二人とも少し元気が戻ってきたので3分ほどで再スタート。

みなみさんはさすがに元気だ。写真を撮る余裕さえある。永代橋をくぐり清洲橋をくぐればもうそんなに遠くない。新大橋の向こうに両国橋が見えてくる。Sちゃんが遅れ始めたので万年橋を渡ったところで再休憩をとる。持参していたスポーツドリンクは空になったので自販機で買ってくる。5分ほど日陰で休んで出発。
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すぐにSちゃんが遅れ始める。十分休憩と水分を取ったので熱中症の心配はないと思うが万一ということもある。様子を見ながら走る。おなじくあまり練習をしていないはずのTちゃんは予想以上に元気だ。しっかりとした足取りでついてくる。新大橋を通過して隅田大橋の手前でテラスから上がる。舗道のほうがテラスに較べるとはるかに熱気も高い。残り500メートルほどで「まる玉」到着。何とか全員無事完走。

ラーメンのみ参加の娘たちとの待ち合わせ時間までまだ30ほど余裕がある。二人を休憩させておいて僕とみなみさんは国技館前まで走る。合計で8.4キロ。63分ほどの炎天下ランニングだった。
合計6人で「まる玉」に入る。「さっき店の前を通られたからそうじゃないかと思っていたんですよ。」とマスターが嬉しそうにニコニコと迎えてくれた。店のお客さんは汗びっしょりのランニング姿にちょっと驚き気味。僕は「あおさ、ネギ、からし、味玉+替え玉」を「まる玉」初体験のみんなには「あおさ、味玉」をお奨めしてそれぞれ注文。

「走った後ラーメンなんて食べれるのかしら」と疑問符だったみなみさんも、さっきまでへなへなだったSちゃんも玉の汗を噴出しながらラーメンに挑んでいる。ランニングで服もパンツも汗びっしょりだから熱いラーメン食ってどんなに汗をかいても気にならないところがいい。

帰りは例によって13時発の水辺ラインの水上バスに乗って聖路加タワーまで一気に下る。デッキに上がって思い切り太陽の光を浴びる。汗で濡れた体を風が冷やしてくれる。所要時間はわずか20分足らずだけど爽快な川下りだ。ひとりの落伍者もなく無事「真夏のまる玉ツアー」は終了した。全員満足!
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大自然の中で暮らしたい~その8

第8章『真夏の草刈り』

冬が過ぎて春が来て草花が芽吹きはじめる。5月の連休までは緑が待ち遠しくて寒々しい地面が緑で覆われ始めることにワクワクしていた。枯れ葉が緑に変化していくことだけで嬉しかった。
梅雨も半ば過ぎれば淡い新緑が濃い緑に変わる。久々に出かけるといたるところで雑草が伸び放題!ほんの2週間前は殆ど姿も見えなかったはずなのに背丈ほどに伸びたヤツも居る。雑草パワーはすさまじい。
放って置くと一年もたたないうちに山小屋は草の中に埋もれてしまうに違いない。草で道が狭くなってしまったところを掻き分け進んでいるうちに「朽ち果てて廃屋になってしまった山小屋」を想像してしまった。
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雑草に埋もれそうな古い軽トラ
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ユンボもあっという間に草の中に
矢も盾もたまらず「今日は重点的に草刈りをするぞ」と決意する。8年前山小屋開設時のお祝いとしてリョービのエンジン草刈り機をFさんとSさんからいただいた。何度か修理しつつ使ってきたがエンジンがいかれてしまいウメキ農機具から中古の草刈り機を買った。そして先日ついに新品のマキタの最新式草刈り機を導入。今のヤツはエンジンのかかりが簡単で力が要らない。軽く紐を引くだけですっとエンジンがかかる。
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2サイクルエンジンの刈り払い機

混合ガソリンをタンクにギリギリまで入れて草刈りを開始。
ログハウスの周辺は何かと草を刈る機会が多くてさほど伸びていないのだが取り付け道路からちょっと入るとそこは藪の中。背丈ほどもある萱やしつこく伸びる粘り強い蔓性の植物。こいつらは切っても切ってもあっという間に伸びてくる。さらに地中深く潜入した根っこから突然あちこちに伸びる笹竹。可憐な小花を咲かすキク科の植物。数本ならばきっとそのままにしておくのに何百本と生えると切らざるをえない。

すり足で前進しながら刈り払い機を左右に振る。地面すれすれに移動させてできるだけ根元に近い部分を刈りとっていく。できるだけ大きく水平に刈り払いの円盤を腰で振る。円盤は反時計回りに回って入るので左に振った時に草はより切れる。刈られた草も撥ねられるので左側に集積される。これをうまく利用して回り込みながら刈っていくと刈り取った草がある一定間隔で集積されていくことになる。ここまでになるにはそれなりの年季が要る。15分もしないうちに玉のような汗がポトポトと噴出してくる。

すり足で進んでいると2セット目くらいからは足がつりそうになる。草を刈る前と刈った後では歴然としているから刈り残しが少しでもあれば気持ちが悪い。歯を食いしばって「決めたところまで頑張れ」と自分で自分を励ましながら歩を進める。橡の苗木などを避けて刈るのも結構神経を使う。調子よく進んで油断していると勢いがついて一瞬にして伐ってしまう。3年生くらいまでせっかく育った苗木を一瞬で切り落とした時は悲しい。刃が付いたスティール製の円盤ではなくプラスティックの紐を回転させて刈り取るものもある。切れ味に欠けて僕には何だか物足りないのであまり使わない。

回転数を適宜調整しながら刈り進んでいくとタンクいっぱいの混合ガソリンでちょうど一時間くらいの労働となる。タバコを一本つけて冷たいお茶を飲んで10分ほど休むうちにガソリンを満タンにする。夏の暑い盛りにこのインターバルを3セットもやればかなりの減量になる。腰の回転がポイントだからダイエット効果は抜群だ。多いときは5時間以上かけて4セットから5セットやるときもある。刈り払い機を持つ手がエンジンの振動と左右の回転運動で腱鞘炎になる寸前まで痛むこともしばしばある。そんな激しい草刈りの後に体重計に乗ると一日で2~3キロ以上減っている。

日ごろ運動不足で太め残りのY君などは僕の倍以上の汗をかいて「草刈りダイエット」に挑む。しかし倍以上の水を飲みしかも働いた後のメシとビールがうまいものだから普段の倍以上のメシを食ってしまってなかなか効果が出てこない。

表通りから敷地に入る入り口周辺とか、山小屋の周りは比較的頻繁に草刈りをおこなうからさほど背丈の高い草は生えてこなくなった。何度か階数を重ねると自然に背の高い草は淘汰されて生えてこなくなるものらしい。管理している敷地は全域で1万8000坪。全てを刈り尽くすにはひとりだと2週間は裕にかかる。2週間もすれば刈った草がまた伸びてくる。いたちごっこである。
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草を刈りとった道
仕方なく普段使う通路。山小屋から見える範囲だけを刈りとる。それでも2日や3日で終わる広さではない。仕事や何やらでしばらく来ないとまたそこも草だらけになってしまう。
草刈りという名の終わることがない無間地獄。何も生まれない非生産的労働。現状から後退しないだけの前進なき防衛活動。
何とかこの無間地獄から抜け出すべく一気呵成の「草刈り大作戦」をいつかやってみたい。「刈り払い機5台」「人員10名」「所要日数丸二日」くらいのリソースがあれば主要地点の制覇が実現するはずだ。

夏休み

吉田拓郎の「夏休み」という「うた」が好きだ。  

 麦藁帽子は もう消えた 
 田んぼの蛙は もう消えた
 それでも待ってる 夏休み

 姉さん先生 もう居ない
 きれいな先生 もう居ない
 それでも待ってる 夏休み

 絵日記つけてた 夏休み
 花火を買ってた 夏休み
 指折り待ってた 夏休み
 
小学生のころは「お年玉がもらえるけど短い正月」よりも「たっぷり遊べる時間がある夏休み」のほうが楽しみだった。7月の25日頃から8月末までの約一ヶ月間は子供の僕には永遠といえるような長さだった。別にどこか特別なところに行くという楽しみがあったわけではない。海外旅行どころか国内の一泊旅行すらも行けないような家庭環境だった。仕事と家庭の事情があって父が殆ど居ない母子家庭状態。子供心に裕福ではないことは分かっていたから「どこか旅行に連れてって」と母親にせがむこともなかった。

6年生の夏の終わりにしばらく姿を見なかった父が突然現れて映画「ピーターパン」と「美しく青きドナウ」に連れて行ってくれたこと。その何日かあと家族で一泊の温泉旅行に行ったことが唯一父との夏休みの思い出だ。

代わりに叔母や叔父が海水浴や映画やらに連れて行ってくれた。今は人工海岸できれいな砂浜になっている百地浜。当時はスイカの皮や何やらが浮かぶきたない海だった。それでも歩いて行けるくらい近いということもあってか福岡市民の人気海水浴場だった。海からまだ帰りたくない僕は時折り駄々をこねた。連れて帰ろうとする叔母や叔父から夕暮れの闇を逃げ回って手を焼かせた。夏とか海とかの話題になると一番下の叔母がいつもそのことを思い出して話題にする。
どこかで父親がそばに居ないことに反発していた。

夏休みの殆どは祖父母の住む小さな炭鉱町で過ごした。

祖父の汗の匂いが滲みついた麦藁帽子。よそんちの畑で齧ったぬるくて青臭いトマト。太陽の光をギラギラ反射させたボタ山。石炭の粉で真っ黒になりながら黒水晶を探した。「ワシ、ワシ、ワシ」と鳴くクマゼミと捕まえそこなうと小便をかけて逃げる憎いアブラゼミ。神社の境内の大きなクスの木陰で昼寝。ザリガニ釣り。川遊び。

都会と田舎を何度も行ったり来たりして中途半端に育った僕はみんなと同じように器用に昆虫や魚を捕まえたり、泳いだり、木に登ったりができなかった。プール登校日がイヤだった。25メートルを何度も足をつかないと泳ぎきれないのは僕だけだったかもしれない。恥ずかしくて泣きたくなった。カブトムシやクワガタはたくさん捕まえたトモダチのおこぼれをやっと分けてもらう。
真っ黒に日焼けこそしていたがやせっぽっちのひ弱な子供だった。

 畑のトンボは どこ行った
 あの時逃がして あげたのに
 一人で待ってた 夏休み

 スイカを食べてた 夏休み
 水まきしたっけ 夏休み
 ひまわり 夕立 蝉(セミ)の声

寂しい夏休み。
特別なこともなかった夏休み。
あっという間に過ぎてしまった永遠。
それでも待ってた夏休み。

真夏の早朝ランニング

6時起床。すでに高く上がった太陽がカーテンの隙間からギラギラした光を照りつける。少しひるんだけれど気を取り直してテラスに降りる。
日陰はまだ涼しいけれど、太陽の光があたるとその部分がいきなり熱くなる。サングラスをつけて淡々と走り始める。小さな公園のラジオ体操に集まる人たちを掻き分けてテラスに向かう。どちらかというと子供たちより大人特にお年寄りの人数のほうが多い。

僕の小学生の頃は肝油とラジオ体操は夏休みの毎日の必須科目だった。朝のラジオ体操には子供がたくさん集まった。首からぶら下げたカードの枠をハンコで埋めないといけなかった。先生から叱られるわけでもなかったと思う。それをサボるのは悪いことだという強迫観念にも似た思いがあった。従兄弟の家に行く時もカードを忘れず持って歩き、知らない町のラジオ体操に参加して知らないおじさんのハンコをもらった。皆勤賞はノートや鉛筆がもらえた。夏休みが終わる頃の僕はいつも何日か空白日があって一度もそれらをもらったことがない。今から考えれば親戚のおばちゃんのハンコでも何でも押してもらえば良かったんだけどそれはできなかった。

佃島の灯台トイレの前まで走って行ったらY君が汗だくで待っていた。今朝は約束してなかったからまさか居るとは思わなかった。Y君はメタボリックからの脱出に本気になったようだ。
まだ6時半過ぎだというのに容赦なく太陽が照りつける。しかし川べりを走っている僕らには苦痛ではない。熱い太陽が余分な水分をギュンギュン搾り出してくれる。
その汗を川面を渡る風がすぐに冷やしてくれてかえって心地よい。
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ぎらぎらの太陽と川鵜

今朝はY君の足の痛みもさほどないようだったので越中島の端まで行って折り返すことにした。ふと目をやると朝顔が咲いていた。思わず足を止めて写真を撮った。観ているだけで涼しさを感じるのは僕だけではないだろう。可憐な赤紫と青紫の色が鮮やかでまるで浴衣の絵柄のようだった。
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5日間走ってなかったY君の膝は岐路で痛み出した。佃島をショートカットして月島から佃大橋に向かう。歩くより少し速いくらいのスピードで走る。それでもしっかり汗は噴出してくる。
「この暑いのによく頑張りますね。」毎朝走っていることを人に話すとよく言われる。真夏の暑い中を走っても苦しいとか辛いとかは思わない。特に川べりのテラスはアスファルト舗装の道路とは違って照り返しもあまりない。「かえって気持ち良いくらいなんだけど・・・。」と言っても走ってみないことには分からないかもしれない。

真夏の夜のランニング

今年こそはと心に決めて5月中旬から真面目に走り出した。ここ数年は8月の終わりか9月になってようやく走り始めていたから3ヶ月以上早い。6月、7月と走行距離はそれぞれ何とか目標の180キロをクリアした。去年は多くても月間150キロが精一杯だった。
今月も180キロ超えを目標に今日までほぼ毎日走っている。ジョグノートに記録を付け始めて以来2日以上走らない空白の日が記録に残ってしまうと気持ちが悪い。朝走らなかったら夜何としてでもという気持ちになる。

今頃の季節は朝は6時を過ぎると太陽もギラギラ照り付けてくる。気温も上がって走ろうとする意欲を削がれる。夜は夜で風がない日は蒸し暑くて「今日は止めとけば。明日走れば一日くらいの遅れは取り戻せるじゃん。」という誘惑の声が耳元でささやく。その言葉に乗ってしまって何日かぐずぐずしてしまうと億劫になって結局目標はクリアできなくなる。後ろ向きの気持ちを振り払ってウェアに着替えランニングシューズを履いて無理やりでも外に出る。外に出さえすれば下がっていたモチベーションも戻ってくる。
勝どき周辺なら隅田川のテラス沿いに走る。朝でも夜でも川面をわたってくる風がカラダを冷やしてくれるから苦にならない。
週末は涼しい札幌の町を走ろうと楽しみにしていたんだけど台風の雨に祟られ、昼夜に亘る激闘もあってまともに走れなかった。

8月6日。朝は週末の疲れで起きれずこのままだと空白日ができてしまう。夕方7時半。薄暮の隅田川テラスに降り立つ。
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勝どき橋のライトアップが点いた。少し湿度がある。今夜は両国の「まる玉」まで行くことに決めていた。まともに川沿いに行くと7キロ足らずで着いてしまう。「まる玉」でラーメンを食べた帰りはまともに走れるはずがないから行きだけで10キロは走っておきたかった。テラスを往復して1キロ。テラス沿いに左岸を上流に向かう。誘蛾灯のようにライトアップされた橋をマイルストーンにしながら中央大橋、永代橋、清洲橋、新大橋とクリアしていく。10キロ行くまで絶対に止まらないと決めていた。20分くらい走ったら額から汗が落ち始める。ウェアが汗で濡れてくるが川面を渡る風に冷やされてかえって心地よい。キロ6分前後のペースを維持しながら快調に走る。

両国まで行ったところで8.5キロ。さらに国技館前を通過して蔵前橋まで行って折り返す。「まる玉」に着いたところでちょうど10キロ強となった。息を整えて店に入る。店主が「また走ってきたんですか!頑張るなあ。」とニコニコと迎えてくれた。できれば替え玉はしないつもりだった。「帰りは歩いて帰って替え玉分のエネルギーは消費するから大丈夫!」と理屈をつけて結局替え玉の誘惑には勝てなかった。

テラス沿いに帰ればまた7キロ以上ある。門前仲町経由でショートカットしていく約5キロのコースで帰ることにする。歩いて帰るつもりだったけど「まだ走りたい」という気持ちが残っている。「お腹が痛くなったら歩きに代えたらいい。」と軽いジョギングペースで走る。意外と大丈夫。7分半くらいのゆっくりペースだったけど約5キロを無事に走って帰ることができた。ラーメンの替え玉をしたあとでも5キロくらいなら走ることができるのだ。往復で15キロ以上にはなった。汗もしっかり搾り出してご褒美のラーメンも食べて満足ラン。

こちらは朝のランニングでバテバテになったロッキー。高見の家の近くに流れる川でカラダを冷やす。この日は朝から太陽が照り付けてロッキーにとっては辛いランニングだった。川から上がったあともしばらく歩けないほど。(7月28日)
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札幌らーめん共和国の「初代」

サッポロに来てラーメンを食わないで帰るわけにはいかない。今回は例の激闘メンバーなので「有名ラーメン処巡り」などはできようもない。
ゴルフと麻雀の合間にそこにラーメンがあれば食べることができる。
初日はおなかが空いた頃には雀荘でラーメンを取れる時間帯を過ぎていた。結局ビール園のラーメンサラダのみ。2日目はゴルフ場の食堂でようやく味噌ラーメンにありついた。結構うまかった。

夜は雀荘でやはり味噌ラーメン。ラーメン大公(だいこう)という老舗の店。「なつかしラーメン」というのが気になったが醤油であっさり系ということだったし店の人が味噌がうまいと薦めるので味噌にした。北海道のラーメンはやはり濃厚こってりの味噌がいい。トン骨、鶏がらをベースにじっくり煮込んだ濃厚なスープが主流だ。10分もたたないうちに出前が届いた。アツアツの味噌を半ばヤケド覚悟で牌を睨みながら食らう。ここの味噌も旨かった。百店百様。北海道の味噌ラーメンは深い。
翌日曜最終日。帰りの飛行機まではかなりの時間がある。Tおじさんは一足先に慌しく帰って行った。K親分とYさんと駅前の「札幌らーめん共和国」に行くことになった。
ここは各地にあるいわゆる「らーめんテーマパーク」のひとつ。札幌の白樺山荘、開拓舎、麺屋ChiChi、釧路の春鶴、旭川の梅光軒、函館のえん楽、石狩の麺屋雅、そして小樽の初代が出店している。どちらかというと旭川ラーメンが好みだけど「初代」に入ることにした。

数年前のことになるが小樽に開店したばかりの「初代」に行ったことがある。濃厚なスープとやや太目の透き通った熟成麺がうまくマッチしていて旨かった記憶があった。今日のスープもやはり濃厚で深い旨みがあるけれど塩がきつすぎた。もう少し塩加減を落とせばいいバランスになるのに残念。麺は好みから言うと太すぎる。北海道は西山製麺をはじめほとんど太めだから仕方がない。肩ロースのでかいチャーシューはトロリとしている。スープを良く滲みこんでこれもおいしい。
追加でメンマを頼んだら100円で山盛りが来た。これは嬉しかった。
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「札幌らーめん共和国」
住所:札幌市中央区北5条西2丁目1エスタ10階
電話:011-209-5031
営業時間:11時~24時

「初代」本店
住所:小樽市住吉町14-8
電話:0134-33-2626
営業時間:11:00~15:00(土・日曜・祝日は~19:00)
定休日 不定休

Boys be ambitious!

台風5号「うさぎちゃん」の先回りをして札幌に来た。できたら滞在中はご遠慮いただきたかったのだが、風はともかく雨の影響はしかたがないようだ。
四角い緑のテーブルの上の激闘を終えホテルの部屋に戻ってきたのは深夜1時を回っていた。明日の朝のゴルフを考えれば早く寝れば良いのに全英オープン女子ゴルフを観てしまった。寝たのが2時半頃だったけど頑張って5時半起床。カーテンを開けると台風の余波なのか弱い霧雨が降っている。せっかくシューズとウェアを持ってきたのだから少しでも走っておきたかった。
駅前のホテルから人通りもまばらな札幌駅の南側を走ってふと思いついて北海道大学に足を向ける。早朝にもかかわらず構内は何人かの人が散歩をしたり、ジョギングをしたりしている。構内の舗道は巨木が並木をつくっていてその下を走れば雨も気にならない。ダケカンバ・ニレ・ヤナギ・イチョウなどなら分かるが学名しか書いていない巨木は何がなんだかわからない。
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羊が丘には確か立像があったがここにはクラーク博士の胸像があった。
あの有名な「Boys be ambitious!(少年よ、大志を抱け)」の言葉が刻まれている。高校のころ北大農学部に行くことを夢見た時期がある。何かの本でみたこの言葉に多感だった僕は触発を受けた。機嫌が良いときに北大寮歌を口ずさんでいた富良野出身の父の影響もあったかもしれない。寮歌の二番であるこの一節だけはなぜか頭に刻み込まれいていて今でも口ずさむことができる。

豊かに稔れる石狩の野に 
雁(かりがね)遥々(はるばる)沈みてゆけば
羊群声なく牧舎に帰り
手稲の嶺(いただき)黄昏(たそがれ)こめぬ

僕の高校時代は明けても暮れてもサッカーだった。クラブ活動に熱中していた。数学と物理の先生との相性が悪く二年生の半ばには早くも国立受験をあきらめていた。国語と世界史と英語で受験ができる私立の文科系コースを選んだ。北大には挑戦すらできなかった。代わって息子たちに北大受験を薦めたがその気になりながら二人とも受験に失敗した。結局、長男は京都の農学部、次男は東京農工大と北大ではなかったが農学部をめざした親子三代の夢は引き継がれた。

お気に入りのテレビドラマ「ドクターコトー診療所2006」で主人公のコトー(五島健助)から医師になるために上京するタケヒロに送った手紙の文章を見つけた。

『"Boys,be ambitious!
Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement, not for that evanescent thing which men call fame.
Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be."

"Boys,be ambitious."という言葉を知っていますか?そしてその後に何が続くか・・・「少年よ大志をいだけ!お金のためではなく、私欲のためでもなく、名声という空虚な志(こころざし)のためでもなく、人はいかにあるべきか、その道をまっとうするために大志をいだけ。」と続くのです。

僕がこの島に来てはじめてであった患者が君(タケヒロくん)でした。君が勇気を与えてくれて、島での生活がはじまりました。
彩佳(あやか)さん、和田さん、星野さん、しげさん、みちさん、茉莉子さん、昌代さん、そして君のお父さん。島の人たちみんなが、僕にいろんなことを教えてくれました。
あれから3年、まさか君が勉強のために島を出て行くなんて考えもしなった。ちょっと寂しかったけれど、とてもうれしい出来事でした。

君の人生は始まったばかり。これから先どんな未来が待っているかは誰にもわかりません。だけど志は高く、そしてみんながいつも君を見守っていることを忘れないでください。
"Boys,be ambitious."入学おめでとう。 五島健助』

明治9年。明治政府によって北大の前身札幌農学校の教頭としてアメリカからクラーク博士が招聘された。彼が在学したのはわずか8ヶ月だったそうだ。帰国の際に残した言葉がこの「Boys be・・・」
この言葉に触発された若き僕が描いた大志は未だ果たされていない。しかしまだ人生は終わってはいない。「カタチは変わるかも知れないが高校の頃に夢見たことをもう一度思い起こしてチャレンジしなくちゃ。」

そんなことを考えながら「ポプラ並木」まで走った。7時15分の出発時間を考えるとここでタイムアウト。霧雨の中わずか4.5キロの早朝ランニングだったけど僕に元気と勇気を取り戻させてくれた気がする。
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2004年の台風で被害を受けた「ポプラ並木」再生プロジェクトが進められている。

サッポロビール園

夕方に札幌駅に到着。慌しくチェックインを済ませ、先に到着していたK親分と地主のYさんに合流。三人でサッポロビール園を訪れる。北の大地はまだ台風の直接の影響はないが寒々と曇っている。予約されていたガーデングリルの特別な個室にはテラスが付いている。外の景色を眺めながらのんびりと食事ができる。一年に一回の「北街道シリーズ」はYさんのご招待でこんな風に始まった。
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サッポロビール園風景
遅れて到着したTおじさんも合流して「北の宴」が始まる。まずはビールで乾杯。下戸の僕もせっかく来たのだからと一番小さいグラスのビールを注文してもらう。Yさんがメモを見ながらオーダーをする。我々を歓待するためにあらかじめここで何を食べたらいいのか下調べしておいてくれたようだ。その心遣いが嬉しい。
ラーメンサラダ、生ラム肉ショートロインのジンギスカン、たらば蟹とずわいガニの冷製、キングサーモンスモーク、北あかりの陶板チーズ焼き、北海シーフードのガーリックライス等々・・・。
健啖家のおじさんたちは出てくるものをあっという間に食べ尽くしていく。最近は若い子たちでもこんな風にガツガツとは食わない。でも熱いものは熱いうちに冷たいものは冷たいうちに、できたて、焼きたてをさっさと食べるのが「大人のマナー?」だ。
ラーメンサラダは一見すると冷麺のようだが、食べてもやはり冷麺だった。カニは面倒なので好んで食べないことが多いが一旦食べ始めると止まらない。生ラム肉のショートロインは臭みが殆どないので塩コショウで食べると肉本来の旨みが引き出されてコレもおいしかった。
生ラム肉のサーロインを追加するもそれもあっという間になくなった。
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生ラム肉のジンギスカン
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ラーメンサラダ
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北あかりの陶板チーズ焼き

僕は一杯のビールで酔ってしまって後が止まった。K親分の勢いは止まらない。炊き込みご飯おにぎりを追加してさらにソフトクリームまでぺろりと平らげてようやく落ち着いた。
のんびり出来るはずのガーデングリルの宴は一時間足らずであっという間に終了。メシを食ったらさっさと出るのが大人のマナー。
おじさんたちにはススキノのネオンも怪しげな夜も関係ない。この先には四角い緑のテーブルを囲む激しい戦いが待つのみである。「ウサギちゃん」の影響で午前中までは雨が続くという天気予報を考慮して明日のゴルフのスタート時間を大幅にずらした。今夜は早く帰ることはできないだろう。
一杯のビールでふらふらする頭を必死に覚醒させながらいざ二次会場に出陣!

「サッポロビール園」

住所:〒065-0007 札幌市東区北7条東9丁目2-10
電話: 0120-150-550(予約センター)
営業時間:11:30~22:00
定休日 年中無休(12月31日は休み)

ハッピーバースデイ

朝の「占いカウントダウンハイパー」ではしし座は最悪の日のはずだった。
あちこちからお祝いのメールやら電話やらが届いた。パキスタンの峡谷を移動中の友は衛星電話で途切れ途切れの電話をくれた。いい歳のおいちゃんの誕生日なんて今さらどうでも良い。それなのに僕を喜ばせようとするみんなの優しさが一日僕をハッピーな気分にさせてくれた。

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会社の女性たちからジョトォのバースデイケーキ
せっかくのケーキだったので六分の一だけいただいた。あとは皆さんのお腹の中に。

夜は娘とTちゃんとSちゃんの4人で前々から行きたかったサヴォイに行くことになった。昨年冬に麻布十番店ができてから長男が通って馴染みになっているらしい。中目黒の店にも一度も行ったことがなかったが長男が「美味い。お父さんのピッツァも負けてないかも。」といつも言うので勝手にライバルと位置づけいつの間にか幻の目標にしていた。

麻布の店はカウンターと小さな二人がけのテーブルがあるだけの狭い店。10人くらいしか入れない。8時半過ぎしか予約は取れないというので近くのスタバで時間を潰す。8時半。店に辿り着いたらまだ前の客が出ていなくてしばらく待たされる。狭い入り口から覗くと左奥に据えられたでかい窯のなかで熾き火が真っ赤になってピッツァが焼かれるのを待っている。
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まずはスプモーニと何とか言うイタリアのビールとレッドオレンジジュースで乾杯。つまみにオリーブとプロシュートのオイル漬け、トリッパの煮込み、カプレーゼを注文する。ピッツァはマルゲリータとマリナーラの二種類をとりあえず一枚ずつ。

カウンターの前にはガラスで仕切られた調理台。大理石のテーブルの隅には粉が山盛りに。木箱に納められた生地を取り出して粉の山を潜らせる。素早く中央の空気を抜く。左手で生地の縁を掴み、台の上で回しながら右手を拡げて延ばしていく。僕が作るピッツァの生地よりかなり柔らかめだ。ひょいひょいと何の抵抗もなく自分で勝手に延びていく。縁は神経質に残さないでいい。むしろつまんで潰している。

トマトソースを塗り、バジルのでかい葉っぱを中央に2枚置く。切り分けた時にそれぞれ行きわたるなんてことは考えない。あくまで香り付け程度。モッツァレラをびっくりするほど載せる。これまでの大胆さとはうって変わって塩を丁寧に、慎重に、満遍なく、少しづつ全体に振りかける。最後にオリーブオイルをたっぷりかけまわして完成。

木製のパドルに引きずり載せて窯へ放り込む。職人の目が変わる。僕には分かる。窯に入れたら一瞬の瞬きも許されない。1秒で変わる焼き色を見ながらピッツァを回す。数秒の沈黙と停止のあと素早く取り出して皿に載せる。職人の目が語る。「一秒でも早く食べて欲しい。」慌しく写真を撮らせてもらい切り分ける。
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マルゲリータ

薄い表面だけパリッとしていながらその1ミリ下からはしっとりとしている。焦げた香りとオリーブオイルの香り、バジルの香り。絶妙のハーモニー。「旨いっ!」と思わず心の中でうなる自分がちょっと悔しい。でもそんなに負けていない。その差はそんなにないと思う。でもそのちょっとした差がプロとアマチュアの決定的な差。一日に何十枚、場合によっては100~200枚と焼いているに違いない。その圧倒的な場数の差。
トマトソース、ニンニク、オレガノでシンプルに作るマリナーラは自分では作ったことがなかった。にんにくの香りがこんなにいいならもっと早く試せばよかった。一気に食べた。再度それぞれ一枚ずつ追加して計4枚のピッツァを堪能した。

ヒルズ近くのタリーズのテラスでサヴォイのピッツァの余韻を惜しむ。プレゼントをもらう。蒸し暑さを忘れるハッピーな最高の一日だった。

「サヴォイ麻布十番店」
住所:東京都港区元麻布3-10-1中岡ビル1F
電話:03-5770-7899
営業時間:月~土 11:30-15:00・18:00-04:00
     土・祝 18:00-23:00
     定休:日曜

8月2日。バースデイラン。

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遠くパキスタンにいる友から花束が届いた。といっても日本に留守番をしている奥様が配慮してくれたもの。でも何だか伝わるものはある。今朝から10数通のお祝いメールやら電話やらをもらった。宅急便で送ってくれたプレゼントのお礼を言うために電話したら電話口でハッピィバースデイを歌ってくれた。
この年になれば誕生日なんてどうでもいいやとも思うけどこうして祝ってくれるトモダチがたくさんいるのはやはり嬉しいものだ。アタタカイ全ての友人達に深く感謝。

今朝は6時に起きて霧雨の中を佃島の灯台型トイレ前に向かった。6時半にYと待ち合わせをしていた。カラダが重くてふくらはぎが張っていたけど約束の時間に間に合わないのでかなり頑張って走った。ギリギリ間に合ったかと思ったらコサギとカモメ以外は誰もいない。
しばらく佃大橋を見ていたら、足を引きずるようにして移動してくる樽状の未確認物体を発見。新しいシューズとウェアを買ってやる気満々のYだけどまだ膝の痛みが治ってない。無理して出てきた様子だった。無理するとさらに悪化するから今日はのんびり歩く速度でジョギング。

早朝からどんより曇って、湿度75%の蒸し暑い一日の始まりだけど走って汗をかけば同じこと。Yと二人であれこれしゃべりながら楽しいバースデイランニングになった。いつものようにスタバで珈琲を飲んだ後さらに2.5キロ走って家に戻る。合計で7.8キロのランニングになった。テレビを付けると「今日の占いカウントダウンハイパー」が「しし座は最悪の日」だって。そんなことはかまわない。いつものように僕は僕らしく淡々と8月2日を過ごそう。夜は娘が何かおごってくれるらしい。

虎杖東店

7月31日。今日は朝8キロ、夜5キロを走って何とか今月の目標180キロを走破できた。夜の8時半、急な思いつきでY君とTちゃんを呼び出してメシを食うことにした。いつも行く「虎杖裏店」は予想通りやはり満席だった。「メニューはほぼ同じですから。」と斜め前にある東店(ひがしみせ)に案内された。最近できたらしい。表店、裏店、東店、南店、黒瀬寿司「鮑」、寿司の店「喰」と「魚河岸千両」、ラーメン虎杖もある。いつのまにか夜の築地に虎杖軍団のひそかな支配が拡がっている。明け方から昼すぎまでは魚屋、乾物屋、八百屋で賑わう築地場外も夜になるとひっそり静まりかえる。夜の帳がおりる頃に虎杖軍団が跳梁跋扈し始めるというわけだ。
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東店はどちらかというと寿司の店。すぐ前に裏、表店があるからそちらのメニューも注文できる。今夜「虎杖」を選んだのはY君とTちゃんにあのカレーうどんを食べさせたかった。
まずはインゲンの天ぷら、ごぼうの天ぷら、刺身の盛り合わせ、野田の湯がき枝豆、でかい岩牡蠣、ツブ貝の醤油バター焼き、鯛のハラミの炭火焼と注文する。この店は量はあまり多くない。その割りに値段は高めだけど美味い。本店が京都の店だからというわけではないが丁寧な仕事をしている。
今日のイチオシ。ツブ貝の醤油バター焼き
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いよいよ仕上げのカレーうどん。二人には定番の小エビの天ぷらカレーうどん。僕は何も入っていないただのカレーうどん。
まずスープをひと口啜ったY君が「ムホォッ、ナンダコレッ!」Tちゃんも思わず「ううっうまい!」僕が作ったわけではないけど、ただ連れてきただけなんだけど自分が褒められているようでなぜか嬉しい。
このカレーうどんのスープはいつもながら「只者ではない」と感心させられる。カツオダシが聞いているのがツボだ。日本人はこのイノシンン酸ナトリウム系の味に弱い。

カレーなのにくどくは無い。思わずスープを最後まで飲んでしまいそうになって思いとどまった。Y君の丼はとっくに空っぽになっていた。
小エビの天ぷらカレーうどん
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ここの店員さんも感じが良い。彼に薦められて迷っていた特製太巻き。
もうお腹はいっぱいだったし次回の楽しみにとっとくかと一度はあきらめかけた。
「お持ち帰り用にお包みもしますよ」の一言であえなく陥落。
でっでかい!直径10センチ?太目のロールケーキという感じだ。こいつで恵方巻きなんかやろうものなら顎がはずれる。結局手をつけずにお土産にしてもらった。家に帰って翌朝食べた。10種類の具の中に残念ながらやまごぼうの漬物が入っていたので僕はダメだった。
特製太巻き3500円也
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