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プロフィール

harry

Author:harry
1951年8月生まれ。獅子座。
AB型。178センチ。70キロ
①.スポーツ&アウトドア
特にサッカーと山と釣り。
登山、ゴルフ、マラソン、カーレース、ウインドサーフィン、クルージング、乗馬などなど。何でもやりたがりでどれもそこそこはこなすが一流には遠い。

②食べる!
作ること、食べること、食べさせることが大好き!「人の生きがいの半分は食に在り」と思っている。阿蘇の山小屋ではピッツァを焼くためのナポリ窯も作った。特にラーメン、うどん、そば、パスタなど麺類には目がない。

③馬大好き!
競馬では100万馬券を何度か的中!過去通算では間違いなく損している?
人生も賭けだけどいざという時には強い。
馬好きが高じて地方競馬の馬主になったことも。
2010年ハヤノ牧場には10年来の夢だった馬が来た。

④時間があればしてること
ジョギング、草刈り、薪割り、伐採、山芋掘り、畑仕事、ログハウスのメンテナンス、木工、音楽を聴く、映画を観る、絵を描く、本を読む。そしてブログを書く。最近は阿蘇の山小屋に行く時間が減ってストレスたまり気味?

⑤好きな作家
もちろん開高健さん

⑥愛犬
ロッキー
アラスカンマラミュート♂
(1999年3月8日生まれ・45キロ)
ルーク
ラブラドルレトリバー♂
(2010年6月18日生まれ・24キロ)


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早春のハヤノ牧場その1~山火事!?~

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3月29日。
午前中にオートポリスからM浦さんが来てくれることになっていた。ターボが壊れたランクルパリダカ号の修理を依頼していた。久しぶりに連絡が取れた尾ノ松君にお願いして水道設備屋さんを連れて来てもらうことにもなっていた。
ハヤノ牧場はまだ寒い。しばらく使っていなかった山小屋は寒々としている。着いた早々ストーブをガンガン焚いて部屋を暖める。一日焚けばログが温まってTシャツでも過ごせるくらいになる.それまでは背中がゾクッとするくらい寒い。むしろ陽があたる外のほうが暖かいくらいだ。
ロッキーと散策に出かける。入り口脇の桜はまだ固い蕾でクヌギの枯れ葉と背の高い枯れた萱類が荒涼と広がっている。近所の牧草地は青々と牧草が生えていて蓮華のような色の花が咲いている。20080401095108

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散策から帰ったら尾ノ松君と水道屋さんがM浦さんより先にやってきた。蛇口の付け根で折れてしまった外の水道管と室内の水漏れをみてもらった。いずれも凍結による伸縮が原因だったが応急で修理してもらった。素人なりに何とか自分で処置をしていたけどプロに見てもらうと安心だ。
このログハウスも1999年以来もう9年が経過する。尾ノ松君にはログ周りを見てもらってメンテをしておいたほうが良い箇所をチェックしてもらう。

北面はまったく問題なかった。南面の外壁の傷みが思ったよりひどくて補修の必要があった。昨年一年間はテラスの修理に追われて外壁の塗装をする時間が取れなかった。あちこち割れが出ているところはコーキング材を入れないとそこから水がしみてログが腐ってしまう。塗装を依頼すると何十万円かになってしまうので外壁の塗装は自分で5月の連休にでもやることにした。それはそれとしても「南面に庇を出して風雨を少しでも避けるようにしたほうがいい」ようなので見積もりをお願いする。

露天風呂の風呂桶が古くなって傷みが激しいのでこれも作り直してもらうことにする。自分で修理してきたテラスも風呂場周りが残っているのでここも一緒にやってもらったほうが良いかも。テラスに出入りするリビングのガラス戸はセトリングの調整をすればまたスムーズに開くようになるらしい。
どこをどうすれば良いかは見積もりを作ってもらい再度相談することになった。

まだM浦さんが来ない。別の車で来る予定のH君たちも遅れている。それまで裏の畑を手入れすることにした。生い茂っている枯れ草や竹笹を草刈機で払ってバズーカ砲タイプの石油のバーナーで火をつける。刈り取った枯れ草はもちろんちょっとした雑草も燃やすことができる。火が燃え広がらないように時々葉がついたヒノキの枝で叩いて消化する。そうやってコントロールしながら必要なところだけ燃やす。

畑からすこし火がはみ出して行きつつあった。
「風もないし、どうせなら向こうも燃やすか」と放っておいた。
僕は畑に残った雑草を燃やすことに夢中になっていた。「じわじわと燃え広がる程度だからはみ出していったやつもすぐに消せる。たいしたこと無い」と安易に考えていた。

ふと振り向くと炎の前線は思った以上に拡大していた。
「ヤバイ!このままだと向こうの松林のほうに燃え移って下手すると山火事になってしまう。」
バチバチと巨大な炎が森を嘗め尽くしていく光景が頭に浮かんだ。あわててヒノキの枝を掴んで必死に叩いて消火を始める。建物のほうに広がろうとしていた火を消していたら風が吹き始めた。
あっという間だった。バチバチと背の高い萱に燃え移り一気に炎前線がひろがる。消火に駆けつけてくれた友人が茫然としている。炎を追いかけて消しに行くと逆襲にあって睫毛を焼かれる。木の枝ではもう間に合わない。

「水、水を持ってくるから少しでも叩いて消して!」と言い放って小屋横の水道蛇口に走ってホースを延ばす。焦っているから絡んだホースを解くのがもどかしい。走ってホースを延ばして行くが蛇口に突っ込んだホースが抜けて水が出ない。受け口が緩くてすぐにはずれる。しかたなくバケツに水を汲みリレーする。かけたところはすぐに消火できるがそのころには炎前線があちこちに広がって収拾がつかない状態になりつつあった。
松林の方にするすると広がっていく。バケツリレーをあきらめ再度枝で叩く。

ここでようやく風呂場横に水道蛇口がもう一箇所あったことに気づく。半分パニックになりかけていてそんなことすら気づく余裕が無かった。枝で燃え広がる炎を消しながら友人を呼ぶ。姿が見えない。
「おーいホース!ホースを持ってきて!!」
聞こえていないようだ。
仕方なくホースを取りに戻る。あちこちぶつけながらホースを抱えて風呂場の横に向かう。
ふと見ると友人は電話をかけている。
「電話なんか切れ!」「早く手伝って!」そんなことしているうちに火が回ってしまう。
あとで聞いたら後から向かっているH君に電話をしていたらしい。
「怖い顔をして走り回っているからこれは大変なことになっていると思った。近くに居るなら早く来てもらおうと・・・。」と言う事だった。自分でもあの時はかなり焦ってピリピリしていた。言葉もつい荒くなっていた。

風呂場横の蛇口に水を出したままホースを繋ごうとするが気が焦っているから填まらない。
ふと焦っている自分を自覚した。「まずい!落ち着け!」と声に出して深呼吸をする。そしてまず水を止めた。ホースが填まった。水を勢い良く放水する。見る見るうちに鎮火していく。松林に燃え移りかかっていた火も寸前で何とか消し止めることができた。
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もうあと5分もうすれば松林に延焼して手がつけられない状態になっていたはずだ。松林の境目のところが段差になっていて向こうが低くなっていたので延焼スピードが落ちたことが幸いした。
全部消し終わった時はさすがに全身の力が抜けてその場に座り込んでしまった。気がつくとそばに両手を真っ黒にした友人が呆然と立っていた。
まもなくH君たちが到着。一緒に再び現場を見に行くと延焼は思ったほど広がってはいなかった。
しかしこの程度ですんで良かったのだ。もし松林に飛び火していたらと考えるとぞっとする。

昨年も阿蘇で野焼きから山火事になった例があった。最初は足で踏み潰せるくらいの小さな火があっという間に燃え広がる。侮ってはいけない。火の恐ろしさを体験した。と同時にパニックになった時の対処法も学んだ。
「自分に声をかけて落ち着けと言い聞かせる。深呼吸をする。」

結局夕方小雨が降り出してからユニックに乗ったM浦さんが到着した。ランクル・パリダカ号はユニックに積まれてオートポリスに向かっていった。


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松本楼と日比谷公園の桜

3月27日。
三人の元部下が訪ねてきた。この4月で異動になるらしい。二人は九州に帰る。春は新しい仲間を迎える季節でもあるが別れの季節でもある。思いがけない栄転。不本意な異動。運が良い奴、悪い奴。与えられたチャンスに胸を膨らませる者。不本意であっても何とか自分の居場所を見つけ出そうとする者。不服であれば会社を辞めるかじっと我慢をするかしかない。これを機会に辞めていくものも居るだろう。そんな人生模様があちこちで繰り広げられているはずだ。彼ら三人もまた色々な思いを胸に秘めているはずとは思ったがあえて聞かず「とにかく頑張ろう」とだけ声をかけた。
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満開の桜。
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ちょうど昼飯時だったので日比谷公園のサクラを観て松本楼でオムライスでも食べようかということになった。門出、送別には桜が良く似合う。日比谷公園の桜の老大木はまさに満開だった。今朝の隅田川テラスは遠くからだったからはっきりとは言えないがおそらくまだ三、四分咲き。こことはずいぶん違う。松本楼近くの桜並木もほとんど満開であたり全体がなんだか華やいだ雰囲気になっている。
満開の桜に元気をもらう。20080327150757.jpg


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松本楼に来るのは確か去年の今頃以来だ。考えてみれば毎年桜の季節にしか日比谷公園には足を踏み入れていない。まだ12時前なのに1階のグリル入り口には30人近くの順番待ちの行列が並んでいた。今から他に行っても混んでいるだろうからと待つ。10分ほどで運良く気持ちが良いテラスの席が空いた。
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オムライスとハンバーグのコンビネーションを注文する。オムライスはソースが選択できる。クリーム、ハヤシ、カレー。三人がハヤシソース、一人だけカレーソースにした。みんな同じなら早くできるのではと言う意見もあったがみんな同じというのもつまらない。「カレーだしね。そんなに遅くはないだろう」ということでひとりだけ違うオーダーをしてみた。
いきなりテーブルの上に鳥の糞が落ちてきた。間一髪水コップのすぐ横に落下した。上を見ると野鳥が二匹「ケツ」を振り振り枝を渡っていた。

案の定カレーソースの分だけなかなか出てこない。3人はさっさと食べ始める。「カレーソース」はやるせない表情で「美味い、美味い」と言って食べる三人を見ている。半分くらい食べ終わったところでようやくカレーソースが出てきた。僕はもちろんハヤシソース。
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銀杏の大木を目の前にして遠くに桜の花霞を観ながら春のランチを楽しんだ。
三人とも来た時よりちょっぴり元気になって帰っていった。
彼らの前途が洋々たらんことを祈る。

ちいさい春見つけた。

隅田川テラスを走っていたら小さな春を見つけた。このテラス周辺では第一号の西洋タンポポ。二週間ほど前からずっと探していたんだけど今朝ようやく見つけた。
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先週の日曜日(23日)にサクラの開花宣言が行われたらしいけど月曜日はまた少し寒が戻り肌寒いくらいだった。ソメイヨシノは開花宣言から最高気温を足し算して80℃を超えると満開になるらしい。今度の日曜日30日くらいになりそうだ。火曜日はまた暖かくなって短パンでもまったく寒くなかった。
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テラスから勝鬨橋を望む
テラスの桜並木はまだまだ0.5分咲きという感じだ。つぼみが膨らむだけ膨らんで「お願い!もうどうにでもしてっ!」と言う状態になっている。少し日当たりの良い枝の蕾はもう待ちきれなくなってひと足先に開いてしまったものもある。
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膨らんだ蕾
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今にも開きそうな蕾
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一部の枝だけ開花
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どうしてこんなにサクラの花が咲くことが待ち遠しいのだろうか?ジョギングする人、犬の散歩をする人みんな一様に蕾が膨らんだサクラの下で立ち止まって様子を伺い開花を待ちわびている。同じ春に咲く花はたくさんあるけれどこんなにたくさんの日本人が開花を待ち焦がれる花はサクラ以外にはない。日本人共通の遺伝子のひとつに「サクラの花に春の到来をを重ねて待ちわびる」という何かがあるのだろうか。
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昨日観た南高橋のたもとの古木
昨日は大きなごつごつとした幹に直接着いている蕾が今にも開きそうだった。可憐な蕾を見ていると何だかワクワクしてくる。まだかなとドキドキしながら自分だけのカウントダウンを待つ。
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今朝再び観に行ったらもう開いていた。そんなちいさなことが妙に嬉しくて走る速度が上がる。
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この古木は陽あたりが良い場所にあるわけではないのにもう五分咲きだ。テラス沿いのサクラは川が冷却装置になって気温が上がらないからまだ咲かないのか。周囲を建物に囲まれたこの場所はテラス沿いに較べたら陽あたりはよくないけど気温そのものは意外と高いのかもしれない。
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雪柳の群生。
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萌黄色の細い葉がようやく出てきた柳。良く観ると新芽と黄緑色の花がいっぱい付いている。
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満開の枝垂桜を見上げていたらメジロが二匹。ちょこまかと動きながら花の蜜を吸っているに見える。

あちこちで小さな春を見つけた。
ちょっぴり得した気がした。

サクラサク

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3月18日。朝のジョギングの前にテレビを観ていたら先週偶然見つけた永代橋のサクラを春の風物詩として放映していた。

先週の3月13日。いつものように隅田川テラスを走った。朝7時。気温は8度くらいだけど風もなくボカボカ陽射しが暖かった。陽があたる右岸は気持ちが良くて永代橋まで足を伸ばした。越中島を回って帰ろうとテラスから永代橋への階段を登ったところでふと見上げると満開の桜が咲いていた。テラス沿いの桜並木はまだ硬い蕾がやっと膨らみ始めたばかりだったのにここはいきなり満開の桜が咲いていた。 不意をつかれた。まさか満開のサクラが咲いているなんて思いもしなかった。
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大寒桜という早咲きの種類らしい。
「サクラサク。」
思いがけない満開のサクラを観て次男の国家試験の結果が思わず頭に浮かんだ。来週18日(つまり今日)に発表の予定だが『サクラサク』であってほしい。色々な角度からカメラに収めた。そのあとのジョギングは一層軽快になった。なんだか心もウキウキしてきた。次男もきっと合格しているはずだ。思わず顔もほころぶ。ニヤニヤしながら走るおっさんを通りすがりに見た人は気持ちが悪かったかもしれない。

3月18日。6時起床。再び隅田川テラスを走った。気温は10℃を超えていたが曇り空で短パンではまだ肌寒さを感じる。気をつけて桜並木をチェックしながら走るが蕾はまだ硬く膨らむ気配すらない。曇り空。まだサクラは咲かない。今日の発表がすこし不安。

10時過ぎに次男からのメールを受信。会議中だったがテーブルの下でおそるおそる開く。
「桜が咲きました!」と一行。昨日メシを食ったときに「発表を見たらすぐに『サクラサク』か『サクラ咲かず』かどっちにしろ必ずメールを送れよ」と話していた。

昨年、大学は卒業したものの肝心の国家試験に合格していなかった。現役なら90%は合格するという獣医の資格を取れなければ6年間の勉強が意味がないものになってしまう。
彼はこの一年がんばった。大学入試の時も一度失敗しているが浪人した時はよく頑張って勉強していた。今回もきっとやってくれると思っていた。昨日娘と三人で前祝いをしてよかった。

もし不合格だったら、また一年間試験を受けるために足踏みしなければいけなくなる。一年間の経済的な負担もさることながら本人と同様に精神的にも辛い。
「サクラサク」のメールで心がいっぺんに軽くなった。
その報を受けたあとすぐに娘がニューヨークに飛び立っていった。彼女もまたこの4月にアメリカで試験を受ける。アメリカでもぜひサクラの花を咲かせてきて欲しい。
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聖路加タワーをバックに

「ドライブインかわら立ち食いうどん」

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香原岳
青春の門の舞台になった炭鉱の町、田川。そこに石灰岩の採掘の為に変形した奇妙なカタチの山がある。「伊吹晋介」が仰ぎ見たその香春岳を望む場所にちょっと人気のうどん屋がある。店名が未だわからない。店ののれんや看板には「立ち食いうどん」としか書かれていない。隣に「ドライブインかわら」というのがあるのでもしかすれば「ドライブインかわら」付属「立ち食いうどん屋」というのが正式名称かもしれない。
気になりつつ何度も店のおばちゃんに「この店の名前はなんて言うと?」と聞こうとしたがいつも忙しそうだし聞いても意味が無いと思ってついに30年間聞かずじまいだった。待ち合わせなどで使う場合でも「香春の立ち食いうどん屋」で通じていた。
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そのうどん屋に久しぶりに行く機会があった。ここのすぐそばには筑豊ラーメン山小屋の本店があるのでそこにも寄りたかったが早朝で空いていなかった。
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1杯330円から30杯9900円までの計算結果が表になって掲げられている。団体の客が来た場合に使う?この表が使われるようなシーンはあるんだろうか。
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値段表
メニューは無い。殆どの人が何も具が入っていない「素うどん」をオーダーする。カウンターに置かれたネギと天かすは勝手に好きなだけ入れて食べていい。おにぎりをセットで注文したりちょっと贅沢に「丸天」を具に入れることもできる。
「丸天」というのは直径10センチ大の円形のさつま揚げのこと。博多うどんでは定番である。ぼくはそのバリエーションの「めんたい丸天」を入れてもらう。この店のオリジナルなのか他の店ではあまりお目にかかれないのでかつてはこればかり食べていた。
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めんたい丸天うどんにネギと天かすと唐辛子をたっぷり入れる。
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好きなだけ入れていいネギが嬉しい
麺は博多うどんの特徴であるコシのない”やわい”うどん。頼りないけどこういうもんだと思うとそれなりに美味いと思えてくる。コシのある讃岐系のうどんのほうが僕は好みだが。トラックの運転手などが利用することが多いからかやや塩辛い濃い目のダシは好みに合っている。どこがというと説明しづらいが「330円の立ち食いうどん」だからと侮れない。
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店名 「ドライブインかわら 立ち食いうどん」?

住所: 福岡県田川郡香春町大字香春170-1
電話: 0947-32-2573
営業時間:聞くの忘れた。たぶん7時くらいの早朝から?

ベッラナボリ

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暮れも押し迫った去年の12月。江東区高橋にあるナボリピッツァの老舗と言われている「ベッラナポリ」に行った。その後も続けて二度訪ねた。
2001年2月にオープンした店だからそれで老舗と言うのは奇異な感じもする。しかし日本で本格的なナポリピッツァがポピュラーに食べられるようになったのはまだほんの数年前のことらしい。だから7年の歴史であっても老舗なのである。

実を言えばこの店のことはあの小国でピッツェリアをやっている吉岡君から紹介を受けていた。
彼が小国に来る前の何ヶ月か店主の池田さんから指導を受けていたらしい。
だから以前から一度は行かなければと思っていた店だった。大江戸線で店がある森下駅までは5分とかからないんだけど機会がなかった。店内は照明が暗くイタリアの気楽なピッツェリアと言う雰囲気になっている。作業が良く見えるように窯前の席に座らせてもらった。窯には薪が赤々と燃えていてかなりの温度になっているのが分かる。窯前で真剣な目つきで生地を延ばしている方がオーナーシェフの池田さんと見た。
とすれば吉岡君の自称弟子である僕にとってはあの方が師匠の師匠、大師匠ということになる。
20071229220144

「いやぁどうもはじめまして。師匠がお世話になってます。実は私は孫弟子なんです!」と名乗りたくなる思いをかろうじてとどめる。良く考えてみれば先方にとっては見に覚えのないことだ。
いきなり「お父さん」と親子の名乗りを揚げられても途惑う以外にない。しかしまたとない機会だ。名乗らず黙って観させていただき師匠の師匠=大師匠の技を盗むことにする。生地を延ばす細かい手の動き、ピールの回転ひとつ見逃せない。真剣にその所作を熱い視線で見つめる。

とは言えまずはオーダーをしなければと気が付いてメニューを見る。結構高い。サボィもそうだが東京のナポリピッツァは安くない。マルゲリータ1800円。ルコラと生ハムは2600円もする。技を盗ませていただくのだから値段を気にしているところではないだろう。まずはこのふたつを注文する。
ガラス越しに見ていると大師匠はまず火加減を気にしている。窯の中をのぞいて火の状態や温度を確かめている。ピールに薪を一本載せて窯の左奥の真っ赤になった熾きの上に載せる。一瞬にして炎が上がり窯の温度が上昇する。

生地を取り出して粉の山に投げ込む。かなり柔らかいようだ。大師匠が持ち上げるとふわーっと伸びる。僕が作っている生地はそれほど柔らかくない。もっと発酵をさせなければいけないのだろうか。
生地を延ばす。無頓着な成形。円をまったく意識しない。片手で持った生地を二~三度大理石のテーブルに打ちつけながら片方の手で軽く引くだけだ。トマトソースを塗る。大胆にちぎったモッツァレラチーズをどかどかっと載せる。大きな葉っぱのバジルを無造作に載せる。パルミジャーノチーズはほんの少々しかかけない。振り塩。オリーブオイルは少量しかかけない。注文したマルゲリータだ。

テーブルにバネ板が取り付けられていてそれにパーラを引っ掛ける。具材を載せた生地を手早くパーラに移動する。パーラをひゅッと引いて窯の奥に入れる。15秒ほど間を置いたらピールで回転させながら均等に焼けるように配置する。ピールの中間に木製の回転軸が付いていて回しやすそうだ。1分も立たないうちに出来上がりだ。
カッターで6つに切り分けて皿に載せる。運ばれる。すかさず手にとって熱々のところを食べる。
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照明が暗くてイマイチ分かりにくい写真

美味い。焼きたての香ばしさはもちろんのことだ。生地のふんわり・モチモチ感が僕の焼くピッツァとは全く違う。生地そのものの旨さも微妙に違う気がする。当たり前のことだけどプロとアマチュアの差をまざまざと見せつけられた。さすがである。ちょっとだけ悔しい。まだまだやることがたくさんあることを学んだ。吉岡師匠のピッツァとも生地がかなり違う。窯の構造や温度、具材(材料の優劣は別だけど)についてはさほど違わない。生地についてはまだまだ色々と研究してみる余地がある。

生ハムとルッコラは圧巻だった。焼きあがったピッツァにまずルッコラを山ほど載せる。おおっと思うほど山盛りに載せる。そしてその山を覆うように生ハムを一枚一枚剥いではかぶせていく。ルッコラが見えなくなったらさらに頂上に何枚かの生ハムを重ねて並べる。パルミジャーノを削ぎ切りしたやつを載せて完成。これはもう本当に美味しかった。僕の山小屋ピッツァでもこの生ハムとルッコラは定番になっているが生ハムが違う。量も違っていた。次回はぜひこのスタイルでやってみよう。
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大師匠ありがとうございました。勝手に色々と盗ませていただきました。いい勉強になりました。

「ベッラ ナポリ」

住所 :東京都江東区高橋9-3
電話 :03-5600-8986
営業時間:火曜~土曜18:00~22:30
      日曜・祝日 17:00~21:30
定休日:月曜

たまひでの軍鶏鍋

人形町の「玉ひで」に行ってきた。創業1760年の老舗であり、親子丼発祥の店として有名だったから一度は行ってみたいと思っていた。もともとは御鷹匠仕事の包丁捌きによる「軍鶏鍋」の店として創業。「親子丼」も明治の頃この軍鶏鍋の残りの割下に卵をとじて食したのが始まりだそうだ。
「軍鶏鍋」といえば池波正太郎の「鬼平犯科帳」がすぐに頭に浮かぶ。相模の彦十の寄宿先である本所二つ目の軍鶏鍋屋「五鉄」。長谷川平蔵は何かというとここに来て小鍋仕立ての「軍鶏鍋」を食べている。

もうひとつ祖父が闘鶏用に飼っていた軍鶏を思い出す。僕が小学校一年生の頃のことだ。祖父の家の裏庭では時折り筵囲いの闘鶏場が設けられた。それぞれが持ち寄った軍鶏を闘わせる。どういうルールだったかは定かではないが鳴いたり、逃げたりして闘志を失ったほうが負けだったような気がする。鶏冠(とさか)をつつかれて血だらけになった軍鶏の恨めしげな眼を今でも覚えている。
祖父は軍鶏の餌にドジョウを捕まえてきたら小遣いをくれた。5円とか10円とかだったが嬉しかった。
捕まえてきたドジョウを投げ入れるとくちばしで何度か突付き弱らせて飲み込んだ。

ある日裏の井戸のそばの柿の木に首を切られた軍鶏がぶら下げられた。滴り落ちる血。おそらく負けグセのついた弱い軍鶏だったのかもしれない。その晩は軍鶏のスキヤキだった。僕はその軍鶏に特別の情があった訳ではないがどうしても食べることができなかった。以来中学生になるまで鶏肉は苦手だった。母と叔母がその後に鶏料理屋を始めるが鶏の刺身や鍋は好んで食べることはなかった。

さて「玉ひで」に戻る。当日だったから軍鶏鍋はすき焼のみ。スープ炊きは前日までの予約でないとダメらしい。
席に座ると鶏肉のそぼろが小鉢に入って突き出しとしてすでに置かれていた。やや醤油辛いから酒のつまみには良いのだろう。鶏がらスープが運ばれる。ややぬるいという印象が勝って旨いと思わせない。次に出てきたのは鶏モモ肉の薄切りをさっと湯通ししたものと煮こごり。モモ肉の薄作りははっきり言うとまずい。火が通り過ぎてパサパサ。肉の旨みはまったくない。煮こごりもどこがどうというほどではなく普通。ちょっと不安になる。
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次に軍鶏肉と野菜が運ばれてくる。皮、モモ、手羽先、肝臓、砂肝などの部位が一枚一枚丁寧に薄く切り開かれている。これがお鷹匠仕事の包丁捌きなのか?見事である。
若い仲居さんがまず鍋に割り下を入れて皮と手羽先らしきところを煮始める。すこし間を置いて残りに肉も入れる。煮え方に差があるので時間をずらすのだろうか。
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肉は身の部分ばかりでモツはない。
「玉ヒモとか腸とかは出さないの?」と聞いてみる。
「そうですね。私は一度しか見たことないですね。うちではやってないのかな。」
博多で鶏スキと言えば玉ヒモとか腸とかどちらかというと内臓系が多くて身の部分はどうでも良いという感じだ。どうせなら長谷川平蔵のように味噌仕立てで軍鶏の内臓ごと食べたかった。
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さっと火が入ったところで仲居さんが取り分けてくれる。すき焼だから生タマゴにつけて食べる。煮過ぎずちょうどいい火の通り加減で美味い。但し一切れづつ違う部位を食べたら終わりだ。あっという間になくなる。この量の少なさにはかなりストレスが残る。アンコウの伊勢源並だ。余りにも少なすぎるので意欲を失い追加してまで食べる気にはならなかった。

800円追加すると白いご飯を小親子丼にしてくれる。それをオーダーする。親子丼で名を馳せた玉ひでだ。期待して待つ。
残念ながら普通の親子丼だった。特別なタマゴを使ってトロトロで美味いとか肉がジューシーとかご飯が釜炊きでどうのとか、タレが極め付けでとかは一切無い。普通。本当に普通。定食屋でも食べることができそうだ。醤油の辛さだけが印象に残った。
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美味いとかまずいとかは主観的なことも多い。期待しすぎると裏切られる。
「玉ひで」が悪いとかレベルが低いとかという訳ではない。240余年の間続いているにはそれなりの理由があるはずだ。ただ僕の期待値に達しなかった。あるいは良いほうに裏切らなかっただけのことだ。

「玉ひで」
住所:〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町1-17-10
電話:03-3668-7651
営業時間:昼:11:30~13:00/夜:月~金17:00~22:00・土16:00~21:00
定休日:日・祝


早春の山小屋

3月1日。土曜日快晴。
東京から来たゲストⅠさん、Sさん、O君、Kさん。Ⅰさんは1999年に山小屋ができたばかりの頃以来だそうだ。もう九年になる。他の三人は初阿蘇、初山小屋。サポート部隊としてブラン君とKに来てもらう。
昨夜は北九州の「とめ村」でふぐ三昧だったから今夜のメニューは「佐賀牛のしゃぶしゃぶ」に決定。日田のサニーにある肉屋に寄って佐賀牛ともち豚をしゃぶしゃぶ用にスライスしてもらう。
お昼は豆田町の「麦屋」で蕎麦を食べる。豆田町はちょうど雛祭りで賑わっていた。久々に草野本家の雛飾りを観覧した。ぽかぽか暖かい春の陽射しを浴びながら古い町並みを歩く。
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一本の木なのに紅白の花をつけた梅を見つけた。
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凍結のおそれがある広域農道を避けて今日は国道202号線を上る。松原ダム、杖立温泉を経由して小国の町を通過し阿蘇外輪山の大観峰に向かう。観光ルートを行くのは久しぶりだ。大観峰から雄大に広がる阿蘇の連峰を見下ろす。
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急斜面に広がる枯れ草に寝転がって思い切り手足を伸ばす。太陽の微かな熱を蓄えた枯れ草が暖かい。阿蘇がでんと横たわっている。
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「春だなあ。もう春なんだ。」
あたりは一面に枯れた草原が広がっている。荒涼とした風景。でも春をすぐそばに感じる。
風のにおい。頬にあたる風の微かな温もり。残雪の山肌。空の色。太陽の光。
どれがどうということではないんだけど春の息吹きを感じるのだ。

道路まで迫った野焼きの火と煙をすり抜けてミルクロードを瀬の本高原に向かう。
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正面に横たわる久住山

瀬の本から黒川温泉に下りて露天風呂に立ち寄ることにした。旅館「山水木」の立ち寄りの湯は混浴露天風呂になっている。おじさんたちの期待は膨らむ。しかしちゃんと女性専用露天風呂というのもあって若い女の子たちは当然そちらに向かう。残念。まあ本当に来られても困る。
湯はややぬるめだったがカラダが冷えているので最初は熱く感じた。じわりと浸かる。枯れた木々の間に広がる青い空。鳥のさえずり。すぐ下に流れる谷川のせせらぎ。昼間の露天風呂は気持ちがいい。実は混浴の露天風呂には若い女の子が二名先客で入っていた!
お父さんに連れられた5~6歳の姉妹。

少し温まったところで谷川に下りてみる。冗談半分で谷川の水に胸まで入った。みんなが観ているのでサービスだ。冷たい。
「全然冷たくないですよ。平気、平気!気持ちい~い!」
誘われてSさん、O君も来る。
なんとブラン君は泳いだ。
案の定脱衣所には「危険ですから川に入らないでください」と貼り紙があった。
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山小屋の中は冷えていた。早速薪ストーブに火を入れる。部屋が暖まるまで半日はかかる。外のテラスのほうが暖かいくらいだ。夜の焚き火と夕食の準備をしているうちにカラダが冷えてきたので再び温泉へ行こうということになった。今度は岡本豆腐の湯に入らせてもらう。じっくり温まって山小屋に戻る頃には空には満天の星が輝いていた。
今日も外のおくどさんでご飯を炊いた。お焦げごはんを作るタイミングは難しい。匂いを嗅ぎ分け音を聞き分けながら全神経を集中させてその最高のタイミングの時間を見つける。釜に焦げ付いてしまえば後でお釜を洗うのが大変だ。
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湯気が出てくる。熱い米汁が横から噴きこぼれる。蒸気がさらに強くなって重たい木の蓋がコトコト鳴り出す。やがて蒸気が治まりはじめる。このあたりから耳を澄ます。チリチリとお釜の底で音が鳴り出す。これからが勝負だ。普通にご飯を炊くだけならここで火を落として蒸らせば良い。お焦げを作るために火を燃やし続ける。かすかな焦げる匂いがし始めたところでようやく火を引く。しばし待つ。焦げ過ぎないように注意深く匂いを嗅ぎ続ける。頃合を見て火をすべて落とす。しばし蒸らして蓋を開けてしゃもじでかき回す。
今日は見事にキツネ色の焦げが付いたふっくらご飯ができていた。
こんなことが嬉しい。

豊作市場で買った100円のでかい大根を千六本に刻んだのを鍋にぶち込む。煮立った千切りの大根としゃぶしゃぶの肉を一緒に食べるとうまい。佐賀牛もモチロンうまいとは思うが僕は豚肉の方がはるかに美味いと思った。それより美味しかったのは炊きたてのお焦げご飯。日本人に生まれてよかったとしみじみ実感する時だ。2時間近く食って飲んで仕上げはラーメン。しゃぶしゃぶのスープに塩コショウを入れて茹で上げた麺にかけて食べる塩ラーメンだ。

9時過ぎにみんなで外に出る。
幸い風も治まって焚き火には絶好の夜となった。
空を見上げると逆さまの北斗七星が北東の空に縦に伸びている。
「あれじゃ柄杓から水がこぼれるね。」と誰かが言った。みんな空を見上げて笑った。

積み上げた薪に点火する。一気に燃え上がって蛍のような火の粉が宙を舞う。
珈琲と焼酎のお湯割りをそれぞれ片手に焚き火を見つめる。
じっと焚き火を見つめているといつのまにか自分の内面に深く入っていく。

「決して自慢はできない人生だった。」
「後悔することはいっぱいある。」
「でも終わったことをくよくよしても始まらない。」
「これからの人生どう生きようか。」
「このままじゃダメだなあ。頑張んなきゃ!」

炎を見つめているとそんなことがあれこれ頭に浮かんでくる。
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O君のギター演奏は素晴らしかった。燃え上がる炎の動きとフラメンコ風の演奏が見事にマッチしている。軽いボサノバ風の調べもいい。O君は5歳からギターを弾いて兄弟で演奏していたらしい。どんな曲でも楽譜なしで適当に音を出してくれる。延々と三時間以上歌い続けた。12時を回ってもみんな焚き火の前から離れようとしなかった。「それじゃそろそろ上がろうか。これでラストだね」と言ってからさらに4曲歌った。

焚き火の燃え残りを消そうと放水していたら水道の蛇口が圧力で飛んで噴水状態になってしまった。その水を止めるのにひと騒動。噴水を止めようとして全身ずぶ濡れになる。気温は氷点下近くに下がっている。寒くて震えるが修理しないわけにはいかない。30分ほどかかってテープでぐるぐる巻きにしてとりあえず応急処置をした。
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翌朝は6時に起きる。
何だか音がするので外に出てみると昨夜の蛇口がまた飛んで噴水状態になっている。まず止水栓を締める。噴水は止まるがそうすると建物の中の給水もすべて止まってしまう。飛んだ蛇口の補修をしなくてはいけない。明け方に噴き出した水であたりの石や草が凍っていた。そこで足を滑らせ土踏まずを硬い草の茎で刺してしまった。「朝から何をやっているんだ。」と自分に腹を立てながら蛇口を再びテープでぐるぐる巻きにして応急補修する。とりあえず水が止まったところで痛む足を引きずりながら部屋に戻り手当てをする。30分ほど無駄な時間を使ってしまった。

ようやくピッツァの生地作りにかかる。少し遅れて7時過ぎにピッツァ生地完了。冬場は発酵が遅いから本当はもっと前に生地作りを始めたかったが噴水騒動で時間を取られたからやむをえない。
起きてきたみんなと岡本豆腐に行ってできたて豆腐と生揚げで朝ごはん。

帰ってからピッツァの石窯に火を入れる。火が安定すれば後は時々薪を放りこんで置けば良い。窯が温まるまでの間に二週間前に切り倒して放置していた薪の材料を運び上げに行く。一人でやっているとなかなか捗らない作業も男手5人もあればあっという間だ。運び上げた枝や幹をチェーンソーでストーブサイズにカットする。玉切りにした太い幹は斧で割る。生木の時のほうが割りやすい。薪棚に積み上げてもらう。やっとひと冬分くらいの薪ができたができることならもっと作っておきたい。とは言え今日のメンバーはせっかくの初山小屋。のんびりもしてもらいたいから作業はそれで終了。

一仕事終えたところで12時近くになっていた。窯の温度も上がってきている。トマトソースを作りに戻る。チーズのカット、ルッコラ、オイル、塩、キノコの処理・・・。Kがピッツァの下準備を殆ど終えていてくれた。要領が分かっている助手がいるとホントに楽だ。

本日のメニューはマルゲリータ、マリアーナ、キノコのピッツァ、クアトロフロマージュ、そして生ハムとルッコラのピッツァ。全部で8枚分あるので残りはリクエスト用。まず手始めに生地の具合を見るためにピッツァビアンコを焼く。生地の発酵時間が短かったのでちょっと心配だったがまずまずだ。
マルゲリータ、マリアーナと焼いていく。初めて食べる屋外石窯のピッツァということもあって好評だった。特に生ハムとルッコラはみんな喜んでくれた。
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あっという間に1日半が終了した。
山小屋に来た時はいつも時間が足りない。ここ一年はそんな日が多かった。あと一日居る事ができたらといつも思う。枯れ松の伐採、倒木の処理、草刈り、薪割り、テラスの修理、道具の手入れ畑の開墾等々、春になる前にやりたいことやらなければいけないことが山ほどある。
殆ど何もできないまま今年の冬が終わろうとしている。

ゴミを燃やしていたらふと見るといつもの場所にフキノトウが出ていた。




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